癒着胎盤スペクトラムの見取り図 ― 第6回:分娩の時期と、その備え
本連載は産婦人科専門医が執筆しています。頻出する略語は記事末尾の付録にまとめ、本文では初出時に展開します。
結論(忙しい先生へ)
34週を最適とする米国産婦人科学会の説明も、36週以降を考慮しうるとした研究も、分娩する施設とチームの体制を前提にしています。 米国産婦人科学会(American College of Obstetricians and Gynecologists:ACOG)は、規模の大きい施設の多くが34週の新生児合併症に対応できることと、36週を過ぎると出血のリスクが高まることを挙げて、決定分析が34週を最適と示唆していると書いています(ACOG 2018)。日本の産婦人科診療ガイドライン(産科編2026)は、前置胎盤で自院では緊急時の対応が困難なら遅くとも妊娠32週末までに高次施設の受診を完了するとし(CQ304 Answer 1、推奨レベルC)、前置癒着胎盤の可能性が濃厚な例では、とくに人的・施設的な制約があるときは、緊急手術を回避するために34〜35週の予定帝王切開も選択されうる、としています(CQ304 解説4)。36週以降の分娩を考慮しうるとした二つの研究は、PASの紹介を受ける15の専門施設の356例と、米国のPASの専門施設1施設の202例のデータで、著者らは、経験の少ない施設、PASのチームがなく救急にもすぐアクセスできない場所、遠くに住む患者には当てはまらないかもしれないとしています(Morlando 2021/Rosenthal 2025)。
安定している例の予定分娩の週数は、五つの文書で34〜37週台に分かれています。 安定とは出血や早産の兆候がない例のことで、細かな条件は文書ごとに少しずつ違います。ACOG は、安定していて特段の事情がなければ34週0日〜35週6日を提案し(文書の本文では「提案(suggested)」の語、推奨一覧の等級は強い推奨を表す1A)、36週0日を越えて待つことは勧められないとしています(ACOG 2018)。英国王立産科婦人科医会(Royal College of Obstetricians and Gynaecologists:RCOG)は、早産のリスク因子も分娩前出血もなければ、として、本文の推奨表では35週0日〜36週6日、冒頭の要約では36週1日〜37週0日を挙げています。推奨の強さはどちらも、作成グループの臨床経験にもとづく推奨(good practice point:GPP)です(RCOG 2026)。国際産婦人科連合(International Federation of Gynecology and Obstetrics:FIGO)は、最適な週数を決めるだけのエビデンスはまだないとしたうえで、分娩前出血・早産期の前期破水・子宮収縮がなく安定していれば36〜37週の予定分娩を考慮しうるとし(FIGO 2018)、国際異常侵入胎盤学会(International Society for Abnormally Invasive Placenta:IS-AIP)は専門家の合意(Grade D)として、早産の既往もなく安定していれば36週0日を過ぎるまでの待機を妥当としています(Collins 2019)。日本のガイドラインは解説で、重症度や臨床症状が安定していれば35〜37週に手術を検討するとしています(CQ307 解説4)。
ACOG・FIGO・日本のガイドライン(CQ307)は、34週に触れる箇所で、いずれも Robinson らが2010年に報告した決定分析を引用しています。 この決定分析は、34週に到達した例を想定して34〜39週の分娩戦略をモデルで比べたもので、RCOG も ACOG の根拠として紹介しています。34週から35週までの1週間に出血で分娩が必要になる確率を18%と置いた基本の設定では、ステロイド投与後の34週を最適とし、この確率が1〜7%なら37週を最適としました。34週より前の分娩は比べていません。著者らは、多くの状況では34週、限られた状況では37週が最適になるとまとめたうえで、誰が出血するかを前もって見分ける検証済みの予測モデルはないと書いています(Robinson 2010)。
15の専門施設のデータでは、予定分娩と緊急分娩の出血量に有意差はありませんでした。 有意差がないことは、同等であることを意味しません。ここでの緊急分娩は、母児の生命に差し迫った危険がある場合だけでなく、生命に差し迫った危険のない母児の状態の悪化や、悪化はないが早めの分娩が必要で日中まで待てる場合も含む広い定義です。出生前にPASが疑われた356例では、推定出血量の中央値は予定分娩2,000・緊急分娩1,550(表に単位の記載なし)で、集中治療室(intensive care unit:ICU)への入室は緊急分娩の群で多くなりました(緊急45% 対 予定33%)。出血が理由の緊急分娩41例のうち37例は、周囲の臓器への浸潤がない例(Grade 1〜4。うち3例は手術でPASが認められなかった Grade 1)でした。著者らは、周囲の臓器に浸潤していない軽いPASでは、緊急で帝王切開子宮摘出をすることになっても手術が極端に難しくなることは少ないとし、これが出血量に有意差がなかった理由のひとつかもしれないとしています。多変量解析では、分娩前出血(妊娠中のあらゆる性器出血)が、緊急分娩を予測する独立の因子でした(調整オッズ比4.7)(Morlando 2021)。
多職種チームのある施設では輸血や再手術が少なかった一方、分娩の時期や手術の方針(胎盤を剥がそうとしないこと)も通常ケアと違っていました。 ユタ州の全28施設で分娩した141例では、24時間院内の産婦人科医と麻酔科医、十分な血液製剤の在庫、すぐ来られる婦人科腫瘍医、画像下治療という条件を満たす2施設(多職種チームの施設)のほうが、残る26施設(通常ケア)より、赤血球4単位以上(原典の単位表記)の輸血(43% 対 61%)と、帝王切開で分娩した例の7日以内の再手術(3% 対 36%)が少なくなりました。多職種チームの施設のほうが分娩週数が早く、胎盤を剥がそうとした割合が低く、婦人科腫瘍医の関与が多い一方、予定分娩の割合は同程度で、著者ら自身、多職種チームのどの要素が合併症の減少に寄与したのかは特定できないとしています(Eller 2011)。6研究のメタ解析では多職種チームの群で予定分娩が多く(多職種チーム65% 対 通常ケア51%)、著者らは、週数が進むほど高まる分娩前出血のリスクを減らすため、多職種チームによる管理では、早産期のうちに予定分娩をするのが通常のやり方とされることが多い、と書いています(Bartels 2018)。両研究の著者はいずれも、可能であれば、多職種チームのある三次施設での管理を勧めています(Eller 2011/Bartels 2018)。
分娩までの準備では、血液製剤の準備量も、分娩する施設の条件と切り離さずに書かれています。 分娩入院中の赤血球輸血量を統合したメタ解析(20研究・1,091例)の著者らは、分娩前に少なくとも6単位の赤血球を用意しておくことを推奨する一方で、用意する量は施設の慣行や臨床医の判断、過去の使用量も踏まえて決めるべきで、この結果が分娩場所の判断を過度に左右すべきではないとしています。そのうえで、PASはすべて、十分な在庫のある血液部門をもつ病院で分娩すべきだとしています(Miller 2023)。6単位は原典の単位表記で1単位の容量は示されておらず、統合された20研究のうち日本の研究は1つだけなので、6単位を日本の赤血球製剤の単位数としてそのまま読むことはできません。
34週の出どころ ― 五つの文書と、Robinson らの決定分析
癒着胎盤スペクトラム(PAS)を疑った例の分娩時期について、推奨や方針を記した文書を五つ並べます。米国産婦人科学会(ACOG)が米国母体胎児医学会(Society for Maternal-Fetal Medicine:SMFM)と合同で出した合意文書(ACOG 2018)、英国王立産科婦人科医会(RCOG)のガイドライン(RCOG 2026)、国際産婦人科連合(FIGO)の合意ガイドライン(FIGO 2018)、国際異常侵入胎盤学会(IS-AIP)のガイドライン(Collins 2019)、そして日本の産婦人科診療ガイドライン 産科編2026(PASを扱う CQ307 と、前置胎盤を扱う CQ304)です。置く週数はそれぞれ違いますが、五つとも、出血や早産の兆候がなく状態の安定した例を想定して週数を挙げ、そうでない例は別に扱っています(図1)。安定とする細かな条件は、文書ごとに少しずつ違います。日本のガイドラインは、前置癒着胎盤の可能性が濃厚な例について、人的・施設的な制約があるときの予定帝王切開の時期にも触れています(CQ304 解説4)。

図1 PASを疑った例の分娩時期について、五つの文書の記述を、安定しているときの記述(青緑)と、別の条件(出血や合併症、早産のリスク因子、施設の制約など)での扱い(赤)に分けて並べました。各行は原典の文言の要約です。最下段の決定分析はモデルによる比較で、その結果と、それを引用した記述(灰)は青緑・赤に分けていません(ACOG 2018/RCOG 2026/FIGO 2018/Collins 2019/CQ307・CQ304 解説/Robinson 2010)。
ACOG は、陣痛が始まる前に帝王切開に続けて子宮摘出を行うことが母体の転帰を改善するとみられる一方で、最適な時期はなお明らかでないと断っています(ACOG 2018)。そのうえで、規模の大きい施設の多くが34週の新生児合併症に対応できること(どの程度の規模かは書かれていません)と、36週を過ぎると出血のリスクが高まることから、決定分析が34週を最適と示唆していると書き、安定していて特段の事情がなければ、予定の帝王切開または子宮摘出の時期として34週0日〜35週6日(原典の表記は 34 0/7–35 6/7 weeks)を提案しています(同)。本文の語は「提案(suggested)」で、同じ文書の推奨一覧(Table 1)では、この推奨は1A(強い推奨・質の高いエビデンス)に分類されています(同)。持続する出血、妊娠高血圧腎症、陣痛、破水、胎児機能不全、母体合併症の出現ではより早い分娩が必要になりうるとし、36週を越えたPASのおよそ半数が出血のため緊急分娩になることから、36週0日を越えて待つことは勧められない、としています(同)。この合意文書が34週0日〜35週6日の提案に付けた文献は、2018年1月号に載った SMFM の Consult Series #44(ACOG も承認)で(ACOG 2018)、#44 自身は、安定した癒着胎盤の分娩を34〜37週に推奨しています(SMFM 2018)。
RCOG は、分娩の時期と副腎皮質ステロイドの投与を症状と胎盤の位置に合わせて個別に決め、35週0日以降にステロイドを使う利益は一人ひとりの妊婦と話し合うよう推奨しています(エビデンスの質 2++・推奨の強さ A)(RCOG 2026)。推奨表の理由の欄によれば、この推奨はステロイドを扱う RCOG の別のガイドライン(Green-top Guideline No. 74)で推奨されているもので、分娩の週数は示していません(同)。週数は、早産のリスク因子も分娩前出血もなければ、として別に挙げていますが、その週数は同じ文書の中で食い違っています。本文の推奨表では35週0日〜36週6日(エビデンスの質は、交絡やバイアスのリスクが高い観察研究を示す 2−)、冒頭の要約では36週1日〜37週0日で、推奨の強さはどちらも GPP(作成グループの臨床経験にもとづく推奨)です(同)。RCOG の本文は、ACOG の週数が決定分析にもとづくことを紹介し、あわせて、ほかに分娩の適応がなければ後期早産期または正期産の初め(RCOG の書き方で36週1日〜37週1日)の予定分娩でも、母体の転帰を損なわずに新生児の転帰を改善したとする単施設の研究(Rosenthal 2025)を挙げています(RCOG 2026)。この研究が比べた相手は出血や陣痛などの合併症で分娩した例で、34〜35週の予定分娩と比べたものではありません(Rosenthal 2025。この研究は次の節で見ます)。
FIGO は、分娩時期を報告した研究の結果は食い違っており、予定分娩の最適な週数を決めるだけのエビデンスはまだないとしています。施設ごとに公表されたプロトコルでは、予定分娩の週数に34〜36週から36〜38週まで幅があります(FIGO 2018)。そのうえで、後期早産(FIGO の書き方で35〜36週)の時期に予定分娩する方針で利益が最も大きいかもしれないのは、分娩前出血・早産期の前期破水(preterm premature rupture of membranes:PPROM)・子宮収縮を経験した例で、裏を返せば、それらがなく安定している例では36〜37週の予定分娩を考慮しうる、としています(同)。推奨一覧(Table 5)には、予定の(緊急でない)分娩を勧める推奨(エビデンスの質は低・推奨は強)がありますが、週数は挙げられていません(同)。
IS-AIP のガイドラインは、分娩週数別の転帰を報告した研究を6つ見つけ、いずれも後ろ向きの観察研究で、最適な週数の頑健な根拠を示したものはなかったとしています(Collins 2019)。そのうえで、時期は個々の状況と、一人ひとりの女性の緊急分娩のリスクに合わせて決めるべきだとしています。専門家の意見(level 5)にもとづく合意(Grade D)として示された推奨は二つです。一つ目は、新生児の合併症のリスクを減らすため、早産(IS-AIP はここで36週0日未満と定義)の既往がなく、出血・PPROM・早産を思わせる子宮収縮がなく安定している女性では36週0日を過ぎるまで待機を続けることが妥当、というものです。二つ目は、早産の既往、少量の出血の反復、1回の多量の出血、PPROM のある女性では、緊急分娩のリスクが高いことから34週0日前後の予定分娩を考慮すべき、というものです(同)。
日本のガイドラインは CQ307 の解説で、胎児の未熟性と陣痛発来による出血のリスクのバランスを考慮して「妊娠34週前後に行われることが望ましいとする意見もある」と書いています。経過観察中に切迫早産兆候(出血や子宮収縮など)を認める場合には、緊急の手術にならないよう34週を待たずに手術が行われる場合もあり、重症度や臨床症状が安定している場合には、胎児の未熟性を考慮し35〜37週に手術を検討する、としています(CQ307 解説4)。前置胎盤を扱う CQ304 は、Answer で、前置胎盤の予定帝王切開はリスクに応じて妊娠38週までに行うとし(推奨レベルB)、解説で、予定帝王切開の時期を、緊急帝王切開や大量出血のリスクと急変時の施設の対応力に応じて判断するとしています(CQ304 Answer 3・解説3)。癒着胎盤の可能性が高い例については別に書いており、前置癒着胎盤の可能性が濃厚な場合には準備を早めに行い、とくに人的・施設的な制約があるときは、緊急手術を回避するために妊娠34〜35週の予定帝王切開も選択されうる、と書いています(CQ304 解説4)。この34〜35週の記述は、帝王切開の準備を扱う解説4の中にあります。紹介については Answer 1 が扱っており、自院では緊急時の対応が困難と判断した場合は、遅くとも妊娠32週末までに高次施設の受診を完了するようにする、としています(推奨レベルC)(CQ304 Answer 1)。
ACOG・FIGO・日本のガイドラインは、いずれも Robinson らが2010年に報告した決定分析を引用しており(ACOG 2018/FIGO 2018/CQ307 解説4)、RCOG も ACOG の週数の根拠としてこれを紹介しています(RCOG 2026)。決定分析はモデルによる比較で、比較試験ではありません。この解析は、超音波で前置胎盤とPASが疑われ34週に到達した女性を出発点に、34週から39週までの9つの分娩戦略を比べています(Robinson 2010)。34週と35週に分娩する戦略は、その1週前に副腎皮質ステロイドを投与済みであることを前提とし、36〜38週には羊水検査で肺成熟を確かめてから分娩する戦略も含みます(同)。30歳・経産・帝王切開既往の女性を想定した基本の設定では、ステロイド投与後に34週で分娩する戦略の、母児を合わせた質調整生存年(quality-adjusted life year:QALY)が最も大きくなりました(同)。著者らは、臨床的に意味のある差がどれだけかには議論があると断ったうえで、質調整生存年で2か月以上の差を重要とみなす先行研究の基準を当てはめ、34週と35週の差(2か月にわずかに届かない)を境界的、34週と36週以降の戦略との差(3か月超)を重要な差としています(同)。34〜38週に緊急でなく分娩する例へ広くステロイドを投与する設定にしても、QALY と戦略の順位に大きな違いはありませんでした(同)。34週より前の分娩は、比較の対象に入っていません(同)。
感度分析で戦略の順位を変えたのは三つの変数で、待機中に出血のため分娩が必要になる確率、その出血に伴う周産期死亡の確率、予定帝王切開のあとに母体が集中治療室(ICU)に入る確率でした(Robinson 2010)。待機中に出血のため分娩が必要になる確率は、基本の設定では34週から35週までの1週間に18%と置かれ、前置胎盤を待機管理した三つの研究・400例あまりの分娩週数から見積もられています(同)。この確率が1〜7%であれば最適な戦略は37週の分娩(羊水検査なし)に変わり、39週まで待つ戦略が最適になるのは、公表値の範囲外の1%未満のときだけでした(同)。出血に伴う周産期死亡の確率は、0.1%以下のときにだけ最適な戦略を37週の分娩(羊水検査なし)に変え、予定帝王切開のあとに ICU に入る確率を動かすと、最適な戦略は34週か37週(羊水検査なし)のどちらかになりました(同)。著者らは、多くの状況では34週、限られた状況では37週が最適になるとまとめたうえで、この結果はこの病態の女性すべてを34週で分娩させるべきだという意味ではなく、誰が出血するかを前もって確かに知る検証済みの予測モデルはまだない、と書いています(同)。FIGO は同じ解析から、分娩前出血のリスクが低ければ37週が最適かもしれないという結果も引用しています(FIGO 2018)。IS-AIP は、待機中に出血のため分娩が必要になる確率が、癒着を伴う前置胎盤ではなく前置胎盤だけの400例から作られていることを、この解析の欠点として挙げています(Collins 2019)。
予定分娩と緊急分娩 ― 専門施設のデータと、その条件
前の節の五つの文書は、いずれも緊急の分娩を避けることを、時期を決める理由に挙げています。FIGO は、緊急でない予定分娩ではPASによる母体の合併症が有意に減り、出血に関連する合併症も緊急分娩より少ないと書いています(FIGO 2018)。ここで見る三つの研究は、予定分娩とそれ以外の分娩の転帰を比べたもので、PASの紹介を受ける専門施設15施設、米国のPASの専門施設1施設、ユタ州の三次施設2施設のデータです。著者らはその結果を、自施設の条件とあわせて書いています。
国際癒着胎盤スペクトラム学会(International Society for Placenta Accreta Spectrum:IS-PAS)の、紹介を受ける専門施設15施設(欧州14・米国1)のデータベースから、出生前にPASが疑われ帝王切開で分娩した356例を、予定分娩239例と緊急分娩117例に分けて比べた研究があります(Morlando 2021)。2008〜2014年は後ろ向き、2014〜2019年は前向きに集めたデータで、手術でPASが認められなかった例も含みます(同)。予定分娩は女性とチームの都合に合わせた日時に行った分娩で、緊急分娩には、母児の生命に差し迫った危険がある場合のほか、生命に差し迫った危険はないが母児の状態が悪化している場合や、悪化はないが早めの分娩が必要で日中まで待てる場合も含まれます(同)。
この専門施設のデータでは、推定出血量の中央値は予定分娩2,000、緊急分娩1,550(P=.89)、輸血単位の中央値はいずれも2単位(P=.45)で、主要な母体合併症(膀胱や尿路の損傷、出血性ショックなど。ICU への入室とは別の項目)にも有意差はありませんでした(Morlando 2021)。出血量の表に単位の記載はなく、同じデータベースの別の解析は出血量を mL で報告しています(Schwickert 2021)。母体の転帰で二つの群が有意に違ったのは ICU への入室で、緊急分娩の群で多くなりました(緊急45% 対 予定33%、P=.02)。著者らは、ICU への入室は施設の設備や方針、手術チームの判断で決まるため、この指標ひとつから確かな結論を導くのは難しいとしています(Morlando 2021)。分娩週数の中央値は、予定分娩36週、緊急分娩34週でした(同)(図2)。

図2 紹介を受ける専門施設15施設で、出生前にPASが疑われ帝王切開で分娩した例の、予定分娩と緊急分娩の比較です(Morlando 2021)。出血量と輸血単位に有意差はなく、ICU への入室は緊急分娩で多くなりました。この「緊急」は、悪化はないが早めの分娩が必要で日中まで待てる分娩まで含む広い定義で、母児の生命に差し迫った危険のある分娩だけを比べたものではありません。有意差がないことは、同等であることを意味しません。
単変量解析で差のあった経妊回数・経産回数・体格指数(body mass index:BMI)・分娩前出血を入れた多変量解析で、緊急分娩を予測した独立の因子は、分娩前出血だけでした(調整オッズ比4.7、95%信頼区間2.6〜8.5)。分娩前出血は、緊急分娩の群の66%、予定分娩の群の28%にありました(Morlando 2021)。ここでの分娩前出血は妊娠中のあらゆる性器出血を指し、出血の量や回数、分娩前の入院の有無はデータベースに記録されていません(同)。
この研究は、PASの重症度を分娩時の所見で6段階に分けています(Morlando 2021。第5回で見た FIGO の分類のもとになった分類で、番号の振り方は FIGO と違います)。Grade 1 は手術でPASが認められなかった例、Grade 2〜4 は浸潤が周囲の臓器には及んでいない例、Grade 5・6 は膀胱、または骨盤壁やほかの臓器まで浸潤していた例です(Collins 2019)。この専門施設のデータでは、緊急分娩になった割合は段階のあいだで有意差がなく(P=.35)、Grade 5・6 の割合も、緊急分娩の群25%、予定分娩の群22%で、二つの群の重症度の内訳はほぼ同じでした(Morlando 2021 の Table 3 から計算)。違っていたのは、緊急分娩になった理由です。緊急分娩のうち出血が理由だった割合は段階によって有意に異なり(P=.03)、出血が理由の緊急分娩41例のうち37例は Grade 1〜4 でした(うち3例は Grade 1)(同)。Grade 5・6 の緊急分娩29例では、出血が理由だったのは4例で、25例は陣痛か、その他の理由(子宮破裂の疑い、母児の状態の悪化)によるものでした(同)。著者らは、軽い段階では正常に付着した部分と局所的に浸潤した部分が混在していて一部が剥がれて出血しやすく、重い段階では浸潤が付着面の広い範囲に及ぶため一部が剥がれて出血することは起こりにくいのではないか、と推測しています(今後の検証が必要としています)。また、周囲の臓器に浸潤していない軽い例では、緊急で帝王切開子宮摘出をすることになっても、手術が極端に難しくなることは少なく、母体の合併症を大きく増やしにくいとしています。そのうえで、出血のために緊急で手術した例の多くがこうした軽い例だったことが、予定分娩と緊急分娩で出血量や合併症に有意差がなかった理由のひとつかもしれない、と述べています(同)。
34週0日までに分娩したのは92例(26%)で、その71%が緊急分娩でした(Morlando 2021)。34週1日の時点で分娩していなかった264例のうち、36週0日までに33例(12.5%)が緊急分娩、99例(37.5%)が予定分娩となりました。著者らは、予定分娩とした理由や、緊急分娩になった例がもともと36週より前と後のどちらに予定されていたかは分からない、と断っています(同)。何らかの主要な新生児合併症は、34週1日〜36週0日の分娩で25%、36週0日を過ぎた分娩で19%でした(同)。著者らは、専門施設での緊急分娩は母体の合併症を増やさないとみられるとし、出血がなく(抄録と考察では「著しい分娩前出血がなく」)早産のリスク因子もない女性では、36週0日を過ぎてからの分娩を考慮しうると結論しています。ただし同じ結論のなかで、この結果は経験の豊富な紹介施設でのもの(どれだけの経験かの基準は書かれていません)であり、経験の少ない施設で同じ戦略をとった場合の影響を反映するとは限らない、と明記しています。参加施設はいずれも医療資源の豊かな環境にあってPASの治療チームをもつため、多職種チームのない施設には一般化できないかもしれない、とも書いています(同)。
米国のPASの専門施設1施設は、ほかに合併症がなければ36〜37週に予定分娩し、磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging:MRI)で範囲や深さ、側方への進展の懸念が大きい例は早める方針をとってきた経験を報告しています(Rosenthal 2025)。出生前にPASが疑われた202例のうち、出血や陣痛などの合併症で分娩したのは65例(32%)で、合併症がなくPASのためだけに予定分娩した137例(68%)と比べて、母体の推定出血量と輸血の総単位数に有意差はありませんでした(同)。児(205人:予定分娩の群139人・合併症で分娩した群66人)では、新生児集中治療室(neonatal intensive care unit:NICU)への入室が予定分娩の群で少なくなりました(予定19% 対 合併症で分娩50%)(同)。分娩週数の中央値は、予定分娩の群37週、合併症で分娩した群35週でした(同)。これは、34〜35週と36〜37週の予定分娩を比べた研究ではありません。36週以降に分娩した153例のうち26例(17%)は、合併症のための分娩でした(同)。著者らは、確立した多職種チームのプログラム(日中の予定手術も夜間の緊急手術も同じ術者たちが担う)が、両群の母体の転帰が同程度だった理由だと考えています。ただし、このチームが正式に置かれたのは2020年10月からで、それ以前は非公式のチームでした(研究の対象期間は2009〜2022年)(同)。そのうえで、36〜37週の予定分娩を考慮できるのは、PASの専門施設で、患者の住まいに近い場合だとし(この研究では、住まいまでの距離の中央値は14マイル〔約23 km〕で、ほとんどの患者が病院から30分以内に住んでいました)、PASのチームがなく救急にもすぐアクセスできない場所や、専門施設から遠くに住む患者では、遅い時期の予定分娩は実行できないかもしれない、と書いています(同)。
三次施設2施設のデータでは、前の二つの研究と違い、予定分娩のほうが出血量が有意に少ないという結果が出ています。ユタ州の2施設(ユタ大学病院と Latter Day Saints 病院)で1996〜2008年に見つかった例のうち、出生前に疑われていた57例を、予定分娩22例と予定外の分娩35例に分けて見ています(Eller 2009)。予定分娩は少なくとも1日前に計画し、急がずに行った分娩で、予定外の分娩の理由は、性器出血22例・自然陣痛8例・重症妊娠高血圧腎症3例・PPROM 2例でした(同)。生児を得た予定分娩の平均は35.4週で児の50%がNICUに入室し、緊急分娩の平均は32.2週で94%がNICUに入室しました(Eller 2009)。予定の帝王切開子宮摘出は、緊急の場合より平均出血量が有意に少なくなりました(2.0 L 対 3.0 L、P=.03)(同)。早期・後期の合併症の頻度は、予定分娩と予定外の分娩で有意差がありませんでしたが、著者らは、この差を検出するには210例が必要だったと断っています(同)。出血による緊急分娩の半数以上は32週以降に起きており、著者らは、32週に予定分娩していれば緊急分娩の54%、34週なら27%を避けられた、と試算しています。そのうえで、最適な時期を推奨するにはさらにデータが必要で、すべての例が、血液部門・24時間の麻酔科・母体胎児医学と婦人科腫瘍の専門医がそろった三次施設で管理されていたため、予定分娩の利益を過小評価しているかもしれない、とも書いています(同)。
施設とチーム ― ガイドラインが求める施設と、多職種チームの効果を比べた研究
施設とチームについては、ACOG・RCOG・FIGO・IS-AIP の四つの文書は経験のある多職種チームがそろった施設での分娩を求め、日本のガイドラインは集学的治療が必要になることから高次医療施設への紹介を求めており、推奨の向きはそろっています。一方、その効果を比べた研究(Eller 2011・Bartels 2018)では、多職種チームの施設は、分娩の時期や手術の方針(胎盤を剥がそうとしないこと)も通常ケアと違っていました。
ACOG は、PASを重い合併症を伴う高リスクの病態として、米国の母体ケアの区分で、専門的な(subspecialty)ケアにあたる level III 以上のケアを勧めています。level III は、PASを含む複雑な母体・産科合併症の管理に習熟した医療者が常にいて、集中治療・血液・循環器・新生児の専門家の関与を常に得られる区分です。これとは別に、疑われるPASに必要な資源として、大量輸血のプロトコルをもつ血液部門も挙げています(ACOG 2018)。出生前に疑われたPASは、可能なかぎり経験の豊富な level III または IV の施設で分娩すべきとし、多職種チーム(MDT)による標準化した管理を最適としています。推奨一覧では、この二つはどちらも1B(強い推奨・中等度の質のエビデンス)です(同)。そのうえで、ほとんどの症例は地元の医師が level III または IV の施設と相談しながら共同で管理でき、それで移動や家族と離れる時間を減らせる、とも書いています(同)。また、出生前に診断がついた例には母体ケアの区分の考え方が当てはまるとし、新生児の区分と同じように地域で連携する形として、分娩までの共同管理または計画的な母体搬送と、地域の大規模な産科施設での分娩の組み合わせを、有害な転帰を減らしうると書いています(同)。
RCOG は、PASの可能性が高いと地元で判断された女性は、前置癒着胎盤の診断と管理に日常的に携わる多職種チームのある最寄りの専門施設が評価し、個別の紹介経路を取り決めるべきだとしています(エビデンスの質 2++・推奨の強さ B)(RCOG 2026)。分娩は、複雑な帝王切開に熟練した多職種チームと、血液製剤・成人の集中治療室・NICU にすぐアクセスできる体制のある施設(冒頭の要約では専門施設)で行うべきだとしています(2++・B)(同)。紹介と計画には時期も添えられており、18週0日〜20週6日の胎児超音波検査でPASを示唆する所見があれば28週までに、画像診断の専門性をもつ胎児医学の専門部門へ紹介し(GPP)、34週より前にリスクと選択肢を話し合って計画を取り決め、専門施設ではない地元の施設で予定外の緊急分娩になった場合に備えた書面の計画を妊婦と話し合っておき、地元のチームがその計画に従えるように、妊娠中の診療記録に残しておくよう求めています(同)。
FIGO は、医療資源の豊かな環境に向けた推奨として、PASの女性は専任の多職種チームとケアプランをもつ専門施設(Center of Excellence:CoE)で分娩を予定すべきだとしています(エビデンスの質は中・推奨は強)(FIGO 2018)。医療資源の多寡を問わない推奨としては、複雑な骨盤手術に熟練した術者の技量を、手術の全過程で使えるようにしておくべきだとしています(同じくエビデンスの質は中・推奨は強)(同)。推奨一覧とは別に本文では、多職種チームの経験を保つだけの年間の症例数が欠かせない、とも書いています(何例かは書かれていません)(同)。婦人科腫瘍医が待機していても最初から手術室にいなかった例では、最初からいた例より出血量と輸血が多かったとする単施設の研究を引用し、帝王切開子宮摘出に経験のある専門家(多くは婦人科の術者)が最初から手術に加わることを、とくに穿通胎盤で支持するとしています。そのうえで、「必要なら呼ぶ」やり方が受け入れられない状況では、専門の多職種チームがいつでも対応できる体制を確保しなければならない、としています(同)。IS-AIP は、専門施設の要件の筆頭に24時間・週7日対応できる多職種チームを置き、院内の成人の集中治療室、分娩週数に見合った新生児集中治療室、大量輸血の体制も挙げています(Collins 2019)。
施設の条件と転帰の関係を比べた一次研究に、ユタ州の全28施設で分娩したPAS 141例の後ろ向き研究があります(Eller 2011)。24時間院内に産婦人科医と麻酔科医がいること、十分な血液製剤の在庫、婦人科腫瘍医がすぐ来られること、画像下治療(interventional radiology:IVR)を行えることの条件を満たす2施設(79例)を多職種チームの施設とし、残る26施設(62例)を通常ケアとして比べました(同)。赤血球4単位以上の輸血(多職種チームの施設43% 対 通常ケア61%)と、帝王切開で分娩した例の7日以内の再手術(3% 対 36%)は、多職種チームの施設で少なくなりました(同)。この研究では、24時間を超える ICU 入室、赤血球4単位以上の輸血、凝固障害、尿管損傷、早期の再手術のいずれかを、複合早期合併症としています(同)。全例では、調整前の割合に有意差はありませんでしたが(52% 対 66%、P=.089)、前置胎盤・穿通胎盤・帝王切開既往の回数・分娩前出血で調整したオッズ比は0.46(95%信頼区間0.22〜0.95)でした。出生前に疑われていた83例では、調整前から有意に少なく(47% 対 74%、P=.026)、調整したオッズ比は0.22(0.07〜0.70)でした(同)。著者らは、可能であれば、PASが疑われる女性は多職種チームのある三次施設で管理すべきだと結論しています(同)。
ただし、両群の背景は同じではありませんでした。多職種チームの施設では分娩週数の中央値が早く(34.0週 対 36.6週)、胎盤を剥がそうとした割合が低く(各群の全例で42% 対 81%)、婦人科腫瘍医の関与が多く(66% 対 5%)、IVR を行えることは条件の一つでしたが、IVR の手技が用いられた例はなく(通常ケアの施設では術前の内腸骨動脈バルーンが9例〔15%〕)、術中の内腸骨動脈結紮は多職種チームの施設だけで行われていました(23例〔29%〕)(Eller 2011)。予定分娩の割合は両群で同程度でした(38% 対 40.3%)(同)。著者ら自身、多職種チームのどの要素が合併症の減少に寄与したのかは特定できないと書き、通常ケアの施設の一部も多職種チームの要素をもっていたため、差を小さく見せた可能性がある、とも書いています(同)。
多職種チームと通常ケアを比べた研究を統合したメタ解析もあります。前の段落の Eller 2011 を含む後ろ向きの6研究・461例を統合すると、多職種チームの群で推定出血量が平均1.1 L、赤血球の輸血が平均2.7単位少なくなりました(Bartels 2018)。重い手術合併症(全身麻酔下で再手術などの処置を要したもの、集中治療を要する命にかかわる合併症、死亡=Clavien-Dindo 分類の IIIb 以上)を報告した5研究では、通常ケアの群のほうがこの合併症を起こしやすく、オッズ比は2.5でした(同)。ただし、研究の質が低いと著者らが判定した研究を除いて計算し直すと、この重い合併症の差は有意でなくなりました。著者らは、研究のあいだで結果のばらつきが大きいことを示すとしています(同)。多職種チームの群は、予定分娩の割合が高く(65% 対 51%)、胎盤を剥がそうとした割合が低くなっていました(18.0% 対 58.0%、報告した3研究)(同)。著者らは、緊急分娩は出血と死亡の増加に関連するため、週数が進むほど高まる分娩前出血のリスクを減らそうと、多職種チームによる管理では、早産期のうちに予定分娩をするのが通常のやり方とされることが多い、と書いています(統合された6研究の手順では、34週の予定分娩が2研究、35〜37週が1研究で、残る3研究は時期を定めず個別に判断していました)(同)。また、予定分娩の多さだけで母体の転帰の改善を説明できたかもしれず、多職種チームのどの要素がもっとも有益だったのかは分からない、としています(同)。そのうえで、多職種チームによる管理の導入を支持し、胎盤を剥がさずに行う予定分娩にはおそらく大きな利益があるとして、可能であれば、専任の多職種チームのある三次施設に集約して管理するよう勧めています(同)。
誰が執刀するかについては、前の節の Morlando 2021 と同じ IS-PAS のデータベースを使った、別の解析があります。対象は紹介を受ける専門施設15施設で帝王切開したPAS 338例で、手術でPASが認められなかった例は除き、出生前に疑われていなかった例は含みます(Schwickert 2021)。PASの専門家でない術者(PASに特別な訓練のない産婦人科医)が執刀した例では、専門家が執刀した例と比べて、手術の方法・浸潤の程度・分娩の緊急度など単変量解析で関連のあった因子で調整すると、出血が3,500 mLを超える調整オッズ比が3.0(95%信頼区間1.4〜6.4)、5,500 mLを超える調整オッズ比が4.0(1.6〜9.9)でした(同)。分娩の緊急度そのものは、単変量解析では出血と関連していましたが、調整後には有意ではありませんでした(同)。ここでの専門家は「PASに十分な経験があり、高い知識や技能をもつ者」という定性的な定義で、術者の情報がある325例の23%は、専門施設でも専門家でない術者でした(同)。
日本のガイドラインは、PASの分娩は大量出血をきたす可能性が高いため計画的に行うべきで、集学的治療が必要になることから、PASが疑われる場合には高次医療施設への紹介が必要になる、と書いています(CQ307 解説4)。Answer では、妊娠中にPASを疑い、自施設での精査や出血への対応が困難な場合は高次施設へ紹介し、精査の結果、集学的治療が困難な場合は、実施可能な施設へ適切な時期に紹介して周産期管理を行うとしています(いずれも推奨レベルC)(CQ307 Answer 2・4)。ガイドラインは冒頭の「本書を利用するにあたって」で、自施設で実施困難な検査・治療が勧められている場合は、原則として「それらに対して対応可能な施設(高次施設)に適切な時期に相談・紹介または搬送する」という意味だと説明しています(産科編2026「本書を利用するにあたって」)。前置胎盤の CQ では、「自院では緊急時の対応困難」と判断した場合は遅くとも妊娠32週末までに高次施設の受診を完了し、自院で管理する場合は、夜間・休日でも緊急帝王切開と早産児・低出生体重児の管理ができる体制を整えるとしています(いずれも推奨レベルC)(CQ304 Answer 1・2)。解説は、緊急帝王切開が必要になってから他院へ母体搬送する方針は危険であり、前置胎盤の診断がついた時点で可及的速やかに分娩施設を決めること、紹介のあとで前置胎盤ではなかったとわかる例が出ても、多少の over triage は許容されるべきことを挙げ(CQ304 解説1)、帝王切開の際には他診療科医も含めて複数の医師の応援が得られる体制を構築するとしています(CQ304 解説4)。
分娩まで入院で待つか外来で待つかも、施設や地域の条件と結びつけて書かれています。ACOG は、分娩前の出血・切迫早産・PPROM のある女性は入院で利益を得る可能性が最も高いとし、病院や紹介先の施設からの距離も入院の判断にかかわるとし、入院や活動についての判断は一人ひとりの患者の意向にもとづいて行うべきだとしています(ACOG 2018)。IS-AIP は、前置胎盤があっても、症状がなく適切な説明を受けていれば外来での待機は許容できる(Grade C)が、すぐ病院に戻れる体制が必要だとしています(Grade D)(Collins 2019)。日本のガイドラインは前置胎盤について、無症状での入院管理は予後を改善するエビデンスに乏しいとしたうえで、入院が必要かどうかは地域の救急体制、輸血用血液製剤の供給体制、患者の家庭環境などを考慮して決め、警告出血があった患者の7割に緊急帝王切開が必要だったという報告から、出血した患者には入院管理を考慮する、としています(CQ304 解説2)。前の節の Rosenthal らも、36〜37週まで待つ前提として、患者の住まいが施設に近いことを挙げていました(Rosenthal 2025)。
分娩までの準備 ― 血液・貧血・ステロイド・説明
血液製剤の準備量も、分娩する施設の条件と切り離さずに書かれています。分娩時の赤血球輸血の量を統合したメタ解析では、分娩入院中の赤血球輸血量を報告した20研究・1,091例を統合すると、1例あたりの加重平均は5.19単位(95%信頼区間4.12〜6.26)でした。1単位が何mLにあたるかは、原典に示されていません。研究間の異質性は大きく(I²=91%)、著者らは信頼区間の上限と異質性の大きさを根拠に、PASでは分娩前に少なくとも6単位の赤血球を用意しておくことを推奨しています(Miller 2023)。同時に著者らは、術前に用意する量は、施設の慣行や臨床医の判断、過去の使用量も踏まえて決めるべきで、この結果が分娩場所の判断を過度に左右すべきではないとし、PASはすべて、十分な在庫のある血液部門と、必要な量と種類の血液を適時に届ける仕組みをもつ病院で分娩すべきだとしています(同)。
統合された20研究のうち、日本の研究は1つだけで、ほかは米国(8研究)、オーストラリア・ニュージーランド(6研究)、カナダとフランス(各2研究)、欧米の多施設共同(1研究)の研究でした(Miller 2023)。1単位の容量が示されていないうえにほとんどが海外の研究なので、6単位を日本の赤血球製剤の単位数としてそのまま読むことはできません。また、20研究はいずれも大学の三次施設の研究で、輸血量はそうした施設での値です(同)。著者らは限界として、赤血球が分娩前・分娩中・分娩後のいつ輸血されたかを区別できないこと、先進国の研究に限られること、亜型別の解析ができなかったことを挙げています(同)。第5回で見たメタ解析も、出生前に診断されたPASでは3Lの出血を想定し、少なくとも赤血球6単位と新鮮凍結血漿4単位を準備しておくべきだとしていました(Sugai 2023b)。こちらも、1単位の容量は書かれていません。前の節で見た IS-PAS の338例の解析では、浸潤の浅い例(IS-PAS の分類で Grade 2・3)でも多量の出血があり、分娩前に見込まれる浸潤の程度からは出血量を正確に予測できませんでした。著者らは、浸潤の程度の見込みにかかわらず血液製剤を使える体制が必要だと書いています(Schwickert 2021)。
ACOG は、大量輸血を要することが多いことから、分娩と手術の計画に合わせて血液部門へ知らせ、連携することを推奨し、交差適合試験がむずかしい例ではこれがとくに重要だとしています(ACOG 2018)。妊娠中の貧血は診断にもとづいて評価・治療し、鉄欠乏があれば、経口の補充、静注、適応があれば赤血球造血刺激因子製剤まで、あらゆる手段を用いうるとしています(同)。自己血の事前貯血や段階的な血液希釈は、あまり行われておらず、ルーチンには勧められないとしています(同)。FIGO も、分娩時の出血が予想されることから術前のヘモグロビンの最適化を不可欠とし、鉄欠乏性貧血が確認されれば、利用できるなら経口または静注の鉄剤を投与すべきだとしています(FIGO 2018)。出生前の副腎皮質ステロイドについては、ACOG は37週0日より前の分娩が見込まれれば投与は適切とし(ACOG 2018)、IS-AIP は、34週0日以降の予定分娩でステロイドを投与するかどうかは、PASの疑いや診断にかかわらず、分娩する週数についての地域のガイドラインにもとづいて個別に判断するとしています(Grade D)(Collins 2019)。
日本のガイドラインは、前置胎盤の帝王切開の準備として4点を挙げています。予定帝王切開は手術中に輸血(自己血あるいは同種血)ができる体制を整えて行うこと(推奨レベルA)、癒着胎盤の合併の有無を評価し、必要時には癒着胎盤を想定した準備を行うこと(推奨レベルB)、関連部署と十分な患者情報の共有を行うこと(推奨レベルB)、帝王切開の術前に輸血や子宮全摘についてもインフォームドコンセントを得ておくこと(推奨レベルA)です(CQ304 Answer 4)。解説は、十分に準備を整えて予定手術を行っても、前置癒着胎盤には出血のコントロールが困難な例が一定の頻度で存在するとして、すべての前置胎盤の症例で、帝王切開だけでなく輸血の同意書も得ておく必要があるとし、突然出血が起こる場合もあるため、病状を早めに説明して理解を得ることが望ましいとしています。癒着胎盤の合併や出血のコントロールがむずかしい場合には子宮摘出の可能性があること、追加治療が必要となる可能性についても説明を行い、妊婦・家族より書面で同意を得ておくことが望ましいとしています(CQ304 解説4)。
ここまで見てきた文書と研究では、分娩の時期は、分娩する施設とチームの条件と結びついて書かれています。ACOG は、規模の大きい施設の多くが34週の新生児合併症に対応できることと、36週を過ぎると出血のリスクが高まることを挙げて、決定分析が34週を最適と示唆していると書いていました(ACOG 2018)。日本のガイドラインは、前置胎盤の予定帝王切開の時期を、緊急帝王切開や大量出血のリスクと急変時の施設の対応力に応じて判断するとし、前置癒着胎盤の可能性が濃厚な例で人的・施設的な制約があるときの34〜35週の予定帝王切開に触れていました(CQ304 解説3・4)。36週以降の分娩を考慮しうるとした研究は、どちらも専門施設のデータで、著者らは、経験の少ない施設、PASのチームがなく救急にもすぐアクセスできない場所、遠くに住む患者には当てはまらないかもしれないと書いていました(Morlando 2021/Rosenthal 2025)。多職種チームの効果を統合したメタ解析の著者は、多職種チームによる管理では、早産期のうちに予定分娩をするのが通常のやり方とされることが多い、と書いていました(Bartels 2018)。血液製剤の準備についても、分娩時の赤血球輸血量を統合したメタ解析の著者は、この結果が分娩場所の判断を過度に左右すべきではないとしたうえで、PASはすべて、十分な在庫のある血液部門をもつ病院で分娩すべきだとしていました(Miller 2023)。
次回は、どう止めるか——手術と止血を扱います。
付録:本文で用いた略語
PAS — placenta accreta spectrum(癒着胎盤スペクトラム)
ACOG — American College of Obstetricians and Gynecologists(米国産婦人科学会)
SMFM — Society for Maternal-Fetal Medicine(米国母体胎児医学会)
RCOG — Royal College of Obstetricians and Gynaecologists(英国王立産科婦人科医会)
GPP — good practice point(RCOG の推奨の強さの区分のひとつ。研究の根拠がなく、作成グループの臨床経験にもとづく推奨)
FIGO — International Federation of Gynecology and Obstetrics(国際産婦人科連合)
IS-AIP — International Society for Abnormally Invasive Placenta(国際異常侵入胎盤学会。異常侵入胎盤〔abnormally invasive placenta:AIP〕はPASと同義に用いられてきた旧称)
IS-PAS — International Society for Placenta Accreta Spectrum(国際癒着胎盤スペクトラム学会。Morlando 2021 は Collins 2019 を、序論では IS-PAS の、考察では IS-AIP のガイドラインとして引用しています。Morlando 2021 の著者の大半は Collins 2019 の著者でもあり、両論文とも謝辞で、学会の前身を同じ欧州の作業部会としています)
BMI — body mass index(体格指数)
MRI — magnetic resonance imaging(磁気共鳴画像)
PPROM — preterm premature rupture of membranes(早産期の前期破水)
QALY — quality-adjusted life year(質調整生存年)
ICU — intensive care unit(集中治療室。図2の ITU=intensive therapy unit は原典の表記)
NICU — neonatal intensive care unit(新生児集中治療室)
MDT — multidisciplinary team(多職種チーム)
CoE — Center of Excellence(専門施設)
IVR — interventional radiology(画像下治療)
I² — メタ解析における研究間の異質性の指標
参考文献
本文中の(著者 年)は下記に対応します。同一著者・同一年の文献の記号は、連載を通して同じ文献が同じ記号を指すよう、前の回で付した記号を引き継いでいます(Sugai 2023b は第5回と同じ文献です)。Eller らの2本は別の論文です(Eller 2009=2施設の管理戦略別の比較、Eller 2011=州全体の施設別の比較)。
American College of Obstetricians and Gynecologists; Society for Maternal-Fetal Medicine. Obstetric Care Consensus No. 7: Placenta Accreta Spectrum. Obstet Gynecol 2018;132:e259-e275. PMID 30461695 —(ACOG 2018)
Society for Maternal-Fetal Medicine (SMFM), Gyamfi-Bannerman C. Society for Maternal-Fetal Medicine (SMFM) Consult Series #44: Management of bleeding in the late preterm period. Am J Obstet Gynecol 2018;218:B2-B8. PMID 29079144 —(SMFM 2018)
Jauniaux E, Bhide A, Hussein AM, et al. Placenta Praevia and Placenta Accreta Spectrum: Diagnosis and Management: Green-top Guideline No. 27a. BJOG 2026;133:e93-e128. PMID 42374711 —(RCOG 2026)
Allen L, Jauniaux E, Hobson S, et al. FIGO consensus guidelines on placenta accreta spectrum disorders: Nonconservative surgical management. Int J Gynaecol Obstet 2018;140:281-290. PMID 29405317 —(FIGO 2018)
Collins SL, Alemdar B, van Beekhuizen HJ, et al. Evidence-based guidelines for the management of abnormally invasive placenta: recommendations from the International Society for Abnormally Invasive Placenta. Am J Obstet Gynecol 2019;220:511-526. PMID 30849356 —(Collins 2019)
Robinson BK, Grobman WA. Effectiveness of timing strategies for delivery of individuals with placenta previa and accreta. Obstet Gynecol 2010;116:835-842. PMID 20859146 —(Robinson 2010)
Morlando M, Schwickert A, Stefanovic V, et al. Maternal and neonatal outcomes in planned versus emergency cesarean delivery for placenta accreta spectrum: A multinational database study. Acta Obstet Gynecol Scand 2021;100 Suppl 1:41-49. PMID 33713033 —(Morlando 2021)
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Bartels HC, Rogers AC, O'Brien D, et al. Association of Implementing a Multidisciplinary Team Approach in the Management of Morbidly Adherent Placenta With Maternal Morbidity and Mortality. Obstet Gynecol 2018;132:1167-1176. PMID 30234729 —(Bartels 2018)
Schwickert A, van Beekhuizen HJ, Bertholdt C, et al. Association of peripartum management and high maternal blood loss at cesarean delivery for placenta accreta spectrum (PAS): A multinational database study. Acta Obstet Gynecol Scand 2021;100 Suppl 1:29-40. PMID 33524163 —(Schwickert 2021)
Miller SE, Leonard SA, Meza PK, et al. Red Blood Cell Transfusion in Patients With Placenta Accreta Spectrum: A Systematic Review and Meta-analysis. Obstet Gynecol 2023;141:49-58. PMID 36701609 —(Miller 2023)
Sugai S, Yamawaki K, Sekizuka T, et al. Comparison of maternal outcomes and clinical characteristics of prenatally vs nonprenatally diagnosed placenta accreta spectrum: a systematic review and meta-analysis. Am J Obstet Gynecol MFM 2023;5:101197. PMID 37865220 —(Sugai 2023b)
日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会 編.産婦人科診療ガイドライン 産科編 2026.CQ304・CQ307・本書を利用するにあたって —(CQ番号などで表記)
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