妊娠高血圧症候群 診療アップデート(第1回)|病態・予測・予防 ― 低用量アスピリンを誰に・いつ・どの用量で・いつまで使うか

低用量アスピリンは「16週まで・100mg以上」で早産期PEが約7割減る。妊娠高血圧症候群の病態・予測・予防を、国際エビデンスと日本のガイドライン2026で更新する連載第1回。
Obstetric Strategist 2026.06.03
誰でも

Ch0: 序 ― 第 1 回(病態・予測・予防)

結論。 妊娠高血圧症候群(Hypertensive Disorders of Pregnancy、HDP)の標準診療は、この数年で大きく動きました。長く前提とされてきたいくつかの定石が、大規模 RCT によって書き換えられています。本連載『妊娠高血圧症候群 診療アップデート ― 国際エビデンスと日本のガイドライン2026』は、最新知見を 12 章 + Appendix の構成で、全 4 回に分けて theLetter に配信します。第 1 回(本稿)が扱うのは、その入り口にあたる 病態・予測・予防 です。

第 1 回の論旨は、3 つの「軸の移動」に集約されます。

  • ① 分類の軸が「重症度」から「病型」へ。 PE は「いま軽症か重症か」ではなく、「胎盤が主役の早発型か、母体側が主役の晩発型か」で捉える方向に移りつつあります(Ch1)。

  • ② 予測は「精密 vs 病歴」の二極化、そして発症後トリアージ。 誰に予防のアスピリンを始めるかは、FMF(Fetal Medicine Foundation、英国胎児医学財団)複合モデルと病歴ベースのチェックリストという二つの入り口に分かれ、入院後の重症化予測はさらに別問題として立ち上がります(Ch2)。

  • ③ 予防は「飲ませるか否か」より「いつ・いくつ・いつまで」。 低用量アスピリン(low-dose aspirin、LDA)の成否は投与設計――妊娠 16 週以前・1 日 100 mg 以上――で大きく変わり、添付文書の読み方にも注意点があります(Ch3)。

連載はこの先、慢性高血圧の降圧・診断・急性期管理・分娩のタイミング・産後と生涯にわたる心血管疾患(cardiovascular disease、CV)リスク・抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome、APS)・日本での実装へと続きます。全体を貫く帰結は 3 つ――軽症の慢性高血圧(chronic hypertension、cHTN)は <140/90 mmHg を目標に降圧してよい/満期前の計画分娩を慢性・妊娠高血圧にまで広げない/HDP の既往は生涯の心血管リスクのマーカーである――で、いずれも根拠は第 2 回以降で原典とともに示します。

本稿では主要 RCT・Tier 1 の systematic review / meta-analysis(システマティックレビュー/メタアナリシス、SR/MA)・国際/日本のガイドライン・PMDA/FDA 添付文書など 70 本の文献を、原典に基づいて引用しました。配信構成は、第 1 回(本稿)= Ch0-3(序・病態・予測・予防)、第 2 回 = Ch4-6(慢性高血圧の治療閾値・診断・急性期管理)、第 3 回 = Ch7-9(分娩・産褥・生涯 CV)、第 4 回 = Ch10-12 + Appendix(APS・日本実装・結語・引用文献の完全リスト)です。

本稿で頻出する略語(HDP / PE / gHTN / cHTN / SGA / FGR / APS / FMF / LDA 等)は、記事末尾の付録にまとめました。本文では各略語を初出時に展開します。

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Ch1: 病態と分類 ― 分類の軸が「重症度」から「病型」へ

結論。 HDP を慢性高血圧(chronic hypertension、cHTN)・妊娠高血圧(gestational hypertension、gHTN)・妊娠高血圧腎症(preeclampsia、PE)・加重型 PE・子癇・HELLP(Hemolysis, Elevated Liver enzymes, Low Platelets=溶血・肝酵素上昇・血小板減少)に分けて診るのは、すでに日々の臨床のとおりです。本章で確かめたいのは、その分け方を支える「軸」が、いま「重症度」から「病型」へと移りつつあること――そして背後では依然として 2 段階モデル、すなわち (1) 胎盤の虚血(需要が供給を上回る)と、(2) そこから漏れ出た因子が母体の血管内皮を全身性に傷つける過程が動いていることです。ここから導かれる管理の構えはひとつで、「いま軽症だから安心」ではなく「PE は前触れなく急変しうる」を前提に置く、という点に尽きます。以下、① 疫学 → ② 病態 → ③ 重症度分類の廃止 → ④ 機械学習による 3 病型 → ⑤ 学会間で割れる診断定義、の順に見ていきます。

① 早発型と晩発型 ― 頻度と危険度

外来で日常的に出会う PE の大半は晩発型で、一件あたりの危険度が際立って高いのは少数の早発型です。この偏りを、まず人口ベースの数字で確かめておきます。

米国ワシントン州の単胎分娩 N=456,668(2003-2008)を解析した Lisonkova 2013(AJOG、人口ベース研究)では、PE 発症率は 3.11/100(n=14,201)でした。内訳は早発型 PE(発症 <34 週)が 0.38/100、晩発型 PE(≥34 週)が 2.72/100、全 PE の 87.7%(12,449/14,201)が晩発型です。数のうえでは、PE のおよそ 9 割が晩発型ということになります。

危険度の分布は、これと逆になります。早発型は周産期死亡の調整オッズ比(adjusted odds ratio、AOR)が 8.38(95%CI 6.48-10.8)に達する一方、晩発型は 1.19(0.83-1.69)で有意差がありません。晩発型の害は主に SGA(small for gestational age)と重症の母体合併症に現れます。そして早発型の最大の危険因子は慢性高血圧(cHTN)で、その調整ハザード比(adjusted hazard ratio、AHR)は 11.72(晩発型では 5.83)に達します。

要点:同じ PE 診断でも、発症週数が早いほど周産期リスクは桁違いに大きくなります。この週数の勾配は、予測(Ch2)・予防(Ch3)・分娩時期(Ch7)の判断にくり返し関わります。

② なぜ早発型は重く、FGR を伴うのか――「胎盤が主役か、母体が主役か」

§①で見た頻度と危険度の食い違いは、早発型と晩発型で発症の機序そのものが異なることに由来します。その機序を整理したのが、2 段階モデルです。

Magee 2022 NEJM の総説(narrative review、PMID 35544388)は、この 2 段階を 4 つの階層に分けて説明します。(1) まず子宮胎盤のミスマッチ(需要が供給を上回る。早発型では spiral artery〔らせん動脈〕の remodeling 不全、晩発型では多胎・巨大児・mirror syndrome〔ミラー症候群〕)が起こり、(2) 胎盤シンシチオトロフォブラスト由来のストレス因子と血管新生バランスの破綻(sFlt-1 上昇/PlGF〔placental growth factor、胎盤増殖因子〕低下)が続き、(3) 母体に全身性の血管内皮障害と炎症――著者は "a process similar to sepsis"〔敗血症に似た過程〕と表現します――が生じ、(4) 最終的に母児の臨床像として現れます。

胎盤側の変化が先に立つことは、時間経過からも裏づけられます。UpToDate が引く Levine 2004 NEJM(PMID 14764923)では、sFlt-1(soluble fms-like tyrosine kinase-1)の上昇は PE 群で 21-24 週、正常血圧群で 33-36 週に始まり、臨床発症のおよそ 5 週前にはバイオマーカーの差が現れていました。高血圧という見た目の徴候が出るより前に、胎盤主導の異変はすでに進んでいます。早発型 PE が胎盤形成不全・低心拍出・高い末梢血管抵抗を背景に FGR(Fetal Growth Restriction、胎児発育不全)を伴いやすいのは、このためです。一方、晩発型 PE は胎盤形成が保たれていることが多く(全 PE の 70% 以上)、心拍出は正常から増加、末梢血管抵抗(peripheral vascular resistance、PVR)は症例によりさまざまです。

要点:早発型は胎盤側、晩発型は母体側に主因がある――この見立ては、以降の章を貫く補助線になります。早発型を見たら、まず胎盤を疑う。

③ 「軽症 / 重症」の二分を、ISSHP は捨てた(2021)

PE が前触れなく急速に悪化しうることは、臨床ではよく知られています。これを分類のうえで明示したのが、国際妊娠高血圧学会(International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy、ISSHP)の 2021 年声明です。ISSHP は、進行中の妊娠で重症度を二分することを正面から否定しました。

#10: "Pre-eclampsia should not be classified as 'mild' or 'severe' in an ongoing pregnancy" (GRADE ⊕⊕⊕O / Strong)
〔和訳〕進行中の妊娠では、PE を「軽症(mild)」「重症(severe)」に分類すべきではありません。

Table 1 脚注: "the term 'severe pre-eclampsia' should not be used in clinical practice, as all women with pre-eclampsia are at risk of developing severe features"
〔和訳〕「重症妊娠高血圧腎症」という用語は臨床で用いるべきではありません。すべての PE 患者が、重症徴候(severe features)を発症するリスクを抱えているからです。

理由は単純で、重症度を二分した瞬間に「いまは軽症」というラベルが重症化リスクの過小評価を招くからです。この #10 は、日本妊娠高血圧学会(Japanese Society for the Study of Hypertension in Pregnancy、JSSHP)も冒頭脚注で公式に支持しています。ここで一点、混同を避けておきます。ISSHP が捨てたのは「重症度による PE の二分類」であって、「重症高血圧 ≥160/110 mmHg」という血圧区分そのものではありません。≥160/110 を重症高血圧(=緊急降圧を要する閾値)とする点は、ISSHP(#4・#23)も保持しています。立場が分かれるのは PE/HDP を「重症/非重症」に分類するか否かで、JSOG(Japan Society of Obstetrics and Gynecology、日本産科婦人科学会)産科診療ガイドライン 2026 が重症/非重症の HDP 分類を維持するのに対し、ISSHP は #10 でこの分類を廃止しました(国内での整合は Ch11 で扱います)。

要点:「軽症 PE」という言葉そのものが警戒を緩めかねない――ISSHP が断とうとしたのは、その緩みです。全例を「重症徴候を出しうる PE」として診ます。

④ 機械学習が見つけた 3 病型(Houri 2026 BJOG)

§②の「胎盤か母体か」という見立ては、いわば人の手による分類です。これをデータ自身に委ねても同じ境界が現れるのかを検証したのが、Houri 2026 BJOG です。

本論の前に、用いられた解析手法を整理しておきます。ここで使われたクラスタリングは、「重症/軽症」のように人が決めたルールで患者を仕分けるのではなく、多数の測定値の似かよいだけを手がかりに、似た患者どうしを自然なグループへまとめる教師なしの解析です。手順は二段で、まず UMAP(次元圧縮)が 10 個の指標を「似た患者どうしが近くに集まる座標」へ取り直し、続いて k-means がその座標上でグループに分けます。グループ数は、各群がどれだけ重なりなく分かれているかを示す silhouette 係数が最大になるよう自動で選ばれますが、研究者は「既存の早発/晩発の二分に戻ってしまわないよう」、最小 3 という下限だけを外から設けています。その下限のもとで最適と判定されたのが、3 群でした。

対象は、スペイン・BCNatal(Hospital Clínic Barcelona)の前向き PE コホートで、登録された 538 例からクラスタリング変数に欠損のある 56 例を除外した、解析対象 482 例です。この解析(UMAP+k-means、Python 3.12)で 3 つの病型が分かれ、しかもその分かれ方は安定していました――解析を 10 回くり返しても 97% の症例が毎回同じグループに入っています(偶然できた塊ではない、ということです)。

(図の sFlt-1/PlGF 比に併記した括弧内は IQR〔interquartile range、四分位範囲=中央 50% が収まる幅〕です。A 群でこの比が桁違いに高く、胎盤性の血管新生バランスの破綻が前景に立つことが見て取れます。)

目を引くのは、同じ晩発型が胎盤駆動型(B)と母体の心代謝駆動型(C)にさらに分かれる点です。§②で人の手で引いた「胎盤か母体か」の境界が、ルールを与えずデータだけからでも再現したことになります。同じ向きの結果は、別の入り口からも出ています。Chaiworapongsa 2024 AJOG は、機械学習ではなく満期 PE の血中プロファイル(血管新生因子 PlGF/sFlt-1 と炎症性サイトカイン)から分類し、抗血管新生と強い炎症を併せもつ一群と、そのどちらも欠く一群の 2 クラスターに分かれることを示しました。前者では重症高血圧(56% vs 27%、p=0.004)も SGA(39% vs 11%、p=0.001)も胎盤病理の maternal vascular malperfusion(母体血管灌流不全=母体側の血流不全を反映する所見、48% vs 21%、p=0.008)も多く、Houri の「胎盤型ほど SGA が多い」並びと向きが一致します。臨床指標の機械学習から入っても、血中マーカーから入っても、「胎盤・血管新生が前景の重い型」と「そうでない型」という同じ軸が立ち上がる、ということです。

🔴 ただし、数字の読み方には一つ注意が要ります。 クラスタリングに入力した 10 個の連続変数(母体年齢・身長・体重・BMI・sFlt-1/PlGF 比・収縮期血圧・拡張期血圧・尿中アルブミン/クレアチニン比・分娩時週数・出生体重センタイル)には、BMI と体重そのものが含まれています。ですから、クラスター C で目立つ肥満(BMI >30)31% は、いわば「入れたものが出てきた」面があり、機械が独立に発見した特徴とは言いきれません。同じことは A 群にも一部あてはまります――A 群を特徴づける高い sFlt-1/PlGF 比や早い分娩週数・低い出生体重センタイルも入力変数なので、「胎盤型が際立つ」ことそのものにも循環の面は残ります。逆に、機械に与えていない指標が C 群に偏ったときは、意味が違います。妊娠前糖尿病 15.4%・自己免疫疾患 11.8%・慢性腎疾患 5% は入力に入れていないのに、C 群で有意に多い(p<0.01)。機械が「見ていない」情報が後から差として浮かんだのですから、これは入力の焼き直しではなく、独立した本物の所見です。つまり代謝型(C)は「肥満を入れたから分かれた」のではなく、肥満とは別に、代謝・自己免疫・腎の素因を抱えた一群として実在する、ということになります。ただしこの 3 病型は単一コホートの解析で、別集団での外的検証はまだなく、アスピリン使用率も測られていません。そこは割り引いて読む必要があります。

要点:3 病型は発症後に振り返って分けた post-hoc 分類で、発症前の予測ではありません(この時間軸の区別は Ch2 で重要になります)。それでも「晩発型は一枚岩ではない」という視点は、目の前の晩発 PE を一律に扱わないための足場になります。

⑤ 「PE の定義」自体が 6 学会で割れている(3 軸)

分類以前の問題として、PE の診断定義そのものが学会によって割れています。

割れ目は 3 つあります。(i) 診断要素に子宮胎盤機能不全(uteroplacental dysfunction:常位胎盤早期剝離/血管新生バランスの破綻/FGR/臍帯動脈ドプラ波形異常/子宮内胎児死亡〔IUFD〕)を含めるか――ISSHP 2021・NICE NG133 は含め、ACOG(American College of Obstetricians and Gynecologists、米国産婦人科学会)PB 222 2020 は含めません。(ii)「重症 PE」という用語を残すか――ACOG は severe features 7 項目として維持し、ISSHP は #10 で廃止しました。(iii) 血小板の閾値――ISSHP は <150,000/μL、ACOG は <100,000/μL です。各学会の立場は、この (i)(ii)(iii) の組み合わせで決まります(詳細なマトリクスは Ch11 に示します)。

要点:「PE と診断した」が、学会によって同じ意味とは限りません。海外データやガイドラインを読むときは、それがどの定義に立っているかをまず確かめます。

次章へ

「胎盤が主役か(→早発型・FGR を伴う)、母体側が主役か(→晩発型・代謝性)」という見方は、予測(Ch2)・予防(Ch3)・分娩のタイミング(Ch7)を考えるときの軸になります。診断基準が学会間で割れる問題は Ch5 で、日本と国際の立場の違いは Ch11 で扱います。次章ではまず、「誰に予防のアスピリンを始めるか」を見分けるスクリーニングに進みます。

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Ch2: リスク層別化とスクリーニング ― 誰にアスピリンを始めるか

結論。 日本の現場では、誰に予防的な低用量アスピリン(low-dose aspirin、LDA)を始めるかは、外来の問診チェックリストで決まります。超音波と採血を使う精密予測は、まだ普及していません。世界に目を向けると入り口は二つに分かれていて、①精密予測か②病歴ベースのチェックリストかは、検出性能の優劣だけでなく、どこまでのインフラを前提にできるかという医療システムの設計思想の差でもあります。そして、これらの発症前スクリーニングとはまったく別の問題として、③すでに PE を発症して入院した妊婦が「この先 48 時間で重症化するか」を見分ける発症後トリアージがあります。①②は発症前、③は発症後――時間軸の違う三つのアプローチとして捉えてください。以下、① 妊娠早期スクリーニングの二極化 → ② FMF モデルの早発/満期の非対称 → ③ USPSTF チェックリストの確信度差 → ④ 土台の Henderson メタ解析 → ⑤ PIERS-ML による発症後トリアージ → ⑥ 確定 PE 3 病型の射程、の順に見ていきます。

① 妊娠早期スクリーニングの二極化 ― 性能よりインフラ前提が入り口を分ける

妊娠早期の PE スクリーニングは、世界で二つの極に分かれています。分かれ目は、検出性能の高さだけにあるのではなく、どこまでのインフラを前提にできるかにあります。

一方の極が、精密予測です。その代表が FMF(Fetal Medicine Foundation、英国胎児医学財団)の複合モデルで、妊娠 11-14 週に母体背景・平均動脈圧(mean arterial pressure、MAP)・子宮動脈の拍動指数(pulsatility index、PI)・バイオマーカーを統合します。この方式は FIGO(International Federation of Gynecology and Obstetrics、国際産婦人科連合)・SOMANZ が推奨しています(NICE も sFlt-1/PlGF を PE 疑い例の triage には用いますが、アスピリン適応の入り口は次に述べる病歴ベースに依ります)。もう一方の極が、病歴ベースです。USPSTF(US Preventive Services Task Force、米国予防医学作業部会)方式で、高リスク因子が 1 つ、または中リスク因子が 2 つあれば LDA を勧める、外来の問診チェックリストです。採るのは ACOG(American College of Obstetricians and Gynecologists、米国産婦人科学会)・USPSTF 2021、そして NICE です(NICE のアスピリン高リスク同定は ACOG/USPSTF と同じ病歴リスト=既往 HDP・慢性高血圧・自己免疫疾患・糖尿病・腎疾患等=で行います)。

両者を分けるのは、必要とするインフラです。前者は超音波・採血の体制を要し、後者は外来だけで完結します。だからどちらを採るかは、検出性能だけでなく、医療システムの設計思想(前提とするインフラ)の差でもあります。日本では FMF モデルが普及しておらず、実質的に病歴ベースに近い運用になっているのが実態です(Ch11 で再論)。

要点:「精密 vs 病歴」を、検出性能だけで優劣を決めない(精密予測のほうが早発をよく拾うのは確かです)。そのうえで、自施設にどちらの前提(インフラ)があるかが、実際の入り口を決めます。

② FMF モデルが早発 PE に強く満期 PE に弱い理由 ― 何を検出しているか

FMF の妊娠初期スクリーニングは、同じモデルでも発症時期によって見え方が大きく変わります。preterm PE(早発側)では識別能 AUROC 0.90(Tiruneh 2024 meta)と高い一方、満期 PE(≥37 週)は screen-positive を 10% に設定しても 41% しか拾えません(Tan 2018、>61,000 例)。早発側を細かく見れば、Early PE(<32 週)90%、Preterm PE(<37 週)75% と高率です。同じ検査が発症時期でこれほど見え方を変える理由は、この検査が何を見ているかにあります。

FMF が 11-14 週に測る 3 要素――子宮動脈の拍動指数(uterine artery PI、らせん動脈の remodeling 不全=胎盤灌流障害を反映)、PlGF 低値(胎盤由来の血管新生因子の枯渇)、平均動脈圧(MAP)――のうち、子宮動脈 PI と PlGF は「胎盤がうまく作れているか」を、MAP は母体循環の状態を主に映します。いずれも早期の胎盤性病態と関わる指標です。Ch1 の 2 段階モデルでいえば、第 1 段階(胎盤側の異常)がもう妊娠初期に現れている型ほど、よく捉えられます。早発 PE はこの胎盤性病態が主役だから早期に検出でき、満期 PE は母体側の代謝・血管素因が前景に立つぶん、初期の胎盤シグナルが薄く、検出しにくい。これが「90% と 41% が同居する」理由です。だから、AUROC 0.90 は「PE の 9 割を拾える」という意味ではありません。これは preterm PE という、FMF が最もよく捉える型に限った識別能です。

検出の勾配と予防の勾配は、同じ生物学に根ざすと考えられます。FMF スクリーニングに LDA を足すと(Foster 2023 meta、PMID 37277892)、Preterm PE は OR 0.61(95%CI 0.52-0.70=39% 減)、Early PE は OR 0.38(0.22-0.64=62% 減)と、早発側ほど予防効果も大きく出ます。検出でも予防でも早発側が有利になるのは、アスピリンも FMF スクリーニングも、ともに「胎盤形成の異常」という同じ一点に向かっているからです。早発 PE は胎盤性ゆえに早く見つかり、アスピリンでも防げる。満期 PE は胎盤の関与が薄いぶん、初期には見つけにくく、アスピリンも効きにくい(LDA は preterm PE を減らすが term PE への効果は minimal――Roberge 2018)。検出と予防は、同じ病態の二つの側面です。

この検出率の勾配を一枚にすると、胎盤性が前景の早発ほど高く、母体・代謝性が前景の満期ほど落ちていく様子が、そのまま見てとれます。

費用の目安も、そのままには読めません。NNS(Number Needed to Screen、1 例予防に要するスクリーニング人数)は 250――初期に 250 人を調べて preterm PE を 1 例防げる計算ですが、この数字は「高リスク(≥1 in 100)と判定された人が、アスピリンを始め、かつ飲み続ける」ことを前提にしています。250 は「見つければ防げる」ではなく「見つけて・始めて・続けて、ようやく」の数字であり、対象も予防が効く preterm PE に限られます。

要点:FMF が最も活きるのは、胎盤性=早発の重い PE を、まだ予防が効くうちに検出するときです。外来で最も多く出会う満期 PE(≥37 週、全 PE の約 4 分の 3)こそ、FMF が最も取りこぼす型です。精密予測は PE を網羅的に消す手段ではなく、予防が効く早発 PE を効くうちに拾う手段です。日本は FMF 未普及で実質病歴ベースですが(Ch11)、仮に導入しても、「早発に強く満期に弱い」というこの守備範囲を踏まえて使う必要があります。

③ USPSTF チェックリスト ― 高リスクと中リスクで確信度がはっきり違う

USPSTF の病歴ベース推奨で decision-changing なのは、危険因子を何個覚えるかではありません。高リスクと中リスクで、推奨の確信度がはっきり違うという一点です。高リスク因子は単独で断定的な推奨に至りますが、中リスク因子は複数そろっても「勧めてよいかもしれない」止まりです。

USPSTF 2021(JAMA 2021;326:1186-1191、DOI 10.1001/jama.2021.14781)は、高リスクについて次のように断定して推奨しています(Grade B)。

"The USPSTF recommends the use of low-dose aspirin (81 mg/d) as preventive medication for preeclampsia after 12 weeks of gestation in persons who are at high risk for preeclampsia."
〔和訳〕USPSTF は、PE 高リスクの妊婦に対し、妊娠 12 週以降の予防薬として低用量アスピリン(81 mg/日)の使用を推奨する。

その高リスク因子(1 つ以上で推奨)は、次のとおりです。

  • PE 既往(とくに有害転帰を伴ったもの)

  • 多胎

  • 慢性高血圧(chronic hypertension、cHTN)

  • 妊娠前からの糖尿病(pregestational DM、1 型または 2 型)

  • 腎疾患

  • 自己免疫疾患――SLE(systemic lupus erythematosus、全身性エリテマトーデス)/APS(antiphospholipid syndrome、抗リン脂質抗体症候群)

一方、中リスク因子(2 つ以上で may benefit)は、次のとおりです。

  • 初産(nulliparity)

  • BMI 30 超

  • 家族歴

  • 黒人(原典は "due to social, rather than biological, factors" = 生物学的要因ではなく社会的要因による、と注記)

  • 低所得

  • 35 歳以上

  • 低出生体重児(low birth weight、LBW)または SGA(small for gestational age)の既往

  • 10 年を超える妊娠間隔

  • 体外受精(in vitro fertilization、IVF)

この中リスク因子に原典が与えている言葉は、慎重です。「may benefit(恩恵を受けうる)/evidence less certain(エビデンスはより不確実)/clinical judgment(臨床的判断を)」の 3 語に尽き、高リスクのような断定はありません。

"Pregnant persons with 2 or more moderate-risk factors may also benefit from low-dose aspirin (Table 1), but the evidence is less certain for this approach. Clinicians should use clinical judgment in assessing the risk for preeclampsia and discuss the benefits and harms of low-dose aspirin use with their patients."
〔和訳〕中リスク因子を 2 つ以上もつ妊婦も低用量アスピリンの恩恵を受けうる(Table 1)が、このアプローチに対するエビデンスはより不確実である。臨床医は PE リスクの評価に臨床的判断を用い、低用量アスピリン使用の利益と害について患者と話し合うべきである。

decision-changing なのは、因子を何個覚えるかではなく、高リスク=断定推奨/中リスク=断定回避という確信度の差です。

要点:高リスク因子が 1 つあれば、開始が推奨されます(USPSTF Grade B)。中リスク因子 2 つは、ガイドラインが答えを断定していない領域であり、個々の患者と利益・害を話し合って決める裁量の場です。

④ チェックリストの土台 Henderson メタ解析 ― 効果は「確かにあるが、中等度」

USPSTF の推奨が拠って立つ土台のエビデンスは、Henderson 2021 のメタ解析です。その効果は劇的ではなく中等度で、ここを正しく見積もることが、患者への説明の温度を決めます。

Henderson 2021 JAMA の SR/MA(systematic review / meta-analysis、系統的レビュー/メタ解析。18 RCT、N=15,908、アスピリン 50-150 mg/日〔多くは 60 mg または 100 mg〕)では、主要アウトカムの PE が RR 0.85(95%CI 0.75-0.95、16 試験、I²=0%) でした。残るアウトカムも同じ方向に減り、早産は RR 0.80(0.67-0.95、I²=49%)、SGA は RR 0.82(0.68-0.99、I²=41.0%)、周産期死亡は RR 0.79(0.66-0.96、I²=0%)です。いずれも有意に減らすものの、効果量はおおむね RR 0.79〜0.85、リスクを 15〜21% 下げる水準であり、PE を消し去る介入ではありません。

この「中等度」という効果量の背景には、組み入れ試験のばらつきがあります。アスピリン用量は 50-150 mg と幅があり、投与開始週も 11-32 週(多くは 20 週未満)に分布していました。この「効果が投与設計で変わりうる」という点こそ、次の Ch3 で扱う主題そのものです。

要点:効果量を過大にも過小にも見積もらない。「始めるべき人には確実に始める一方で、万能ではない」と伝えられる温度感が、適切な期待値設定につながります。

⑤ PIERS-ML ― 確率を当てるより、重症化しそうな人を両端に仕分ける

ここで局面が切り替わります。①〜④は発症前のスクリーニングでしたが、すでに PE を発症して入院した妊婦には別のモデルが要ります。入院した PE の妊婦に、PIERS-ML が「重症化リスク 20%」と出したとします。これを「5 人に 1 人」と読み、20% という数字そのものを信じたくなりますが、このモデルを正しく使う鍵は、その読み方をいったん手放すことにあります。このモデルの強みは確率を正確に当てることではなく、重症化しそうな人を順位づけて両端に仕分けることにあるからです。

まずこのモデルの素性から。PIERS-ML(Montgomery-Csobán 2024 Lancet Digital Health)は、確定 PE で入院した妊婦が 2 日以内に母体重症化(重症合併症 or 母体死亡の複合)を起こすかを予測する random forest(多数の決定木の合議)で、入力は 18 個の routine な臨床・検査値です(循環呼吸・腎・肝・血液など 7 系統で、最重要は血小板数――項目の全体像は下図右パネル)。①〜④の発症前スクリーニングとは時間軸が逆の「入院後トリアージ」のモデルで、しかも 1 時点の static な予測です。子癇の前駆症状などの中枢神経症状をあえて変数に入れていないのが特徴で、著者は「症状は主観的で、腱反射や clonus は妊娠中はとくに再現性に乏しい」として外しました。検査値で機械的に順位づけることに割り切った層別化モデルです。

このモデルは、並べ替える力と確率を当てる力を分けて読むと整理できます。並べ替える力(識別能、discrimination=高リスク群と低リスク群をどれだけ順位で分離できるか)は AUROC で測り、内部検証(N=1,103)で 0.80(95%CI 0.76-0.84)、外部検証(英国 2 施設、N=2,901)で 0.76(0.71-0.82)。同じ内部検証 set で旧来の fullPIERS は 0.62(0.56-0.68)にとどまりますから、「誰が高リスクか」を並べ分ける性能は旧指標から確かに上がっています。

確率を当てる力(較正、calibration)は別物です。較正とは「20% と言ったとき、本当に 20% が重症化するか」という予測 % そのものの正確さで、PIERS-ML は Spiegelhalter 検定 p=0.0026――この数字はぴったりとは言えない、という意味です。だから冒頭の「20% を 5 人に 1 人と読む」読み方を手放します。順位(誰が上で誰が下か)は信じてよいが、予測 % という生の数字はそのままには受け取らない。著者自身、再較正しても改善しなかったため、確率の正確さよりリスク階層への仕分けを優先すると明言しています。下の 5 段階表示は、この「数字は信じず、順位で仕分ける」割り切りの形です。

仕分けが臨床判断をどれだけ動かすかは、尤度比(likelihood ratio、+LR=その階層に入ると検査前オッズを何倍にするか)で読めます。子癇の予測(二次解析)では、High 階層が +LR 5.1、Very high 階層が +LR 18.3(いずれも 2 日以内)。Very high に入った妊婦は、子癇のオッズが約 18 倍になります。著者は、この仕分けが MgSO4 の標的投与や NNT 削減に寄与しうると述べています。実際この内部検証では、Very high(n=11)の 48 時間以内の有害転帰は 90.9%、最下層の Very low(n=8)は 0% でした。

「両端は信頼でき、真ん中は当てにならない」という使い分けの理由は、三つに整理できます。①並べ替える力が高いので、最上位・最下位への仕分けは信頼できる。②しかし確率を当てる力が弱いので、中間帯の「予測 %」はそのままには使えない。③加えて、どんなリスクモデルでも中間帯は構造的に情報量が小さい(Moderate の定義そのものが +LR<5.0 かつ −LR>0.2=決め手に欠ける帯)。したがって、両端――Very low と Very high――は最も信頼して読める一方、Moderate 帯は構造的に決め手を欠き、「監視を続ける」以上の判断を背負わせにくい帯だ、ということになります。

ただし、両端の足元は細いことも見ておきます。Very high はサンプルが小さく(内部 n=11、外部 n=3)、あの 90.9% は 11 人からの値です。欠測は 18.6%(20 回の多重代入で補完)。外部検証は英国 2 施設のみで、しかも SpO2 が未収集のため一律 97%(正常)で代入されています――予測に使う入力の一部が欠けたままの検証だ、ということです。これとは別に、外部コホートはもともと有害転帰の発生率が低く、低リスク層が相対的に大きく出ている点も、結果を読むときの留保になります。日本人コホートでの検証もまだありません(国民 1 人あたり GDP・妊産婦死亡率を変数に入れて地理差を自動補正する設計ですが、日本での external validation は今後の課題です)。

要点:日本でこのモデルを語るなら、「入院 PE を順位づけ、両端――最も高リスクの最上位と、最も低リスクの最下位――を最も信頼できる形で仕分けるモデル」と捉え、中間帯・絶対確率・外部検証の地理的偏り、そして日本人コホート未検証であることには必ず留保を添えます。どの臨床行動につなげるかは、読者である各産婦人科医の判断に委ねられます。

⑥ 確定 PE の 3 病型は「発症後の分類」 ― 早期予測には流用できない

Ch1 で見た確定 PE の 3 病型は、病態を整理する見取り図としては有用ですが、11-14 週の早期予測には流用できません。3 病型は、あくまで「発症後」に確定 PE を振り返って分けた分類だからです。

Houri 2026 BJOG の 3 病型は、確定 PE の post-hoc clustering(発症後の事後的なクラスタリング)です。まだ PE を発症していない 11-14 週の妊婦をこの型に振り分けることはできません。ただし、「同じ晩発 PE でも胎盤駆動型(B)と代謝駆動型(C)が分離する」という概念を、将来の予測モデルに組み込む方向性は示唆されます。なお解釈上の注意として、Cluster C で Obesity(肥満)が 31% を占めるのは、機械学習への入力に BMI/体重が含まれることに由来する面があります。つまり「入力した指標がそのまま出てきた」だけで、肥満を代謝型の独立した特徴とまでは言いきれません(詳細は Ch1)。

要点:3 病型は発症後に振り返って分けた分類であり、発症前の予測にそのまま持ち込めるものではありません。

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以上のとおり、誰にアスピリンを始めるかは、病歴ベースのチェックリストを土台に判断できます。ところが、いざ始めると決めても、その効果は「いつ・いくつ・いつまで」与えるかで大きく変わります。次の Ch3 では、この投与設計(開始時期・用量・終了時期)こそがアスピリン予防の成否を分ける、という主題を掘り下げます。

***

Ch3: 予防 ― アスピリンは「いつ・いくつ・いつまで」で決まる

結論。 低用量アスピリン(low-dose aspirin、LDA)による PE 予防の成否は、「飲ませるか否か」よりも「いつ・いくつ・いつまで」を揃えられたかで決まります。決め手は 2 つで、①開始は妊娠 16 週以前、②1 日 100 mg 以上。この 2 つが揃ったとき、早産期 PE(preterm PE、妊娠 37 週より前に発症する PE)は約 60-70% 減ります(Roberge 2018 の ≤16 週×≥100 mg で RR 0.33、ASPRE で aOR 0.38)。16 週を過ぎて始めた場合や用量が低い場合は、同じ薬でも上乗せははっきり落ちます。③就寝時投与を加えると効率がさらに上がりうる時間薬理学(chronotherapy)の知見もありますが、根拠は単施設・小規模の 1 試験(Ayala 2013)にとどまります。残る 3 つは運用上の論点です――④効く帯の中の最適用量は世界で未決着、⑤カルシウム補充は集団を選び、高用量はむしろ HELLP を増やす、⑥日本の添付文書の「12 週」は分娩予定日からの起算で、妊娠週数で開始時期を示す国際 GL とは表記の基準が異なる。以下、① 開始時期 → ② 用量 → ③ 就寝時投与 → ④ カルシウム → ⑤ 添付文書の読み方 → ⑥ 分娩タイミングという第 2 の軸、の順に見ていきます。

① 開始時期 ― 16 週という一線を越えると、同じ薬が効かなくなる

PE 予防に関しては、効果が出るか消えるかが「始める週数」で分かれます。タイミングを外すと、まったく同じ薬・同じ用量でも上乗せがほぼ消えます。

機序の側からは理解しやすい現象です。アスピリンが介入しているのは胎盤形成という時間に縛られた過程で、らせん動脈の remodeling(胎盤への血流路を作り替える過程)は妊娠中期までに大勢が決まります。形成が進行している早い時期に介入すれば流れを変えられますが、一段落したあとでは同じ薬を足しても結果は動きにくい――この境界が、臨床データのうえでは妊娠 16 週として現れます。

これを最も鋭く可視化したのが Roberge 2018 AJOG(PMID 29138036) のシステマティックレビュー/メタ解析(systematic review / meta-analysis、SR/MA)です。16 件の RCT・N=18,907 を統合し、用量と開始時期で層別化したところ、16 週以前に 100 mg/日以上で始めた群(≤16 週 × ≥100 mg/day)の早産期 PE は RR 0.33(95%CI 0.19-0.57)、p=0.0001、I²=0% と、約 70% の減少を示しました。I²=0%(試験間のばらつきがほぼない指標)は、統合した複数試験が同じ方向を指していることを意味します。一方、16 週を過ぎて(>16 週)始めた群では RR 0.98(0.80-1.19、p=0.82) で、上乗せはほぼ失われます。

要点:アスピリンは「妊娠 16 週以前」に始めてこそ効く。リスクの拾い上げが遅れ、16 週を過ぎてから足しても、早産期 PE 予防の上乗せは期待しにくい。Ch2 で論じた「早く見つける」が、そのままこの薬の効き目を左右します。

② 用量 ― 「効く帯」はおおむね 100 mg 以上、その帯の中の最適量は決着していない

開始時期の次に効くのが用量です。要点を先に言うと、「100 mg 以上が効きやすい」という方向は複数の解析で支持される一方、その帯の中で何 mg がベストかは世界でまだ決着していません。実務でまず重要なのは「効く帯に乗っているか」で、「最適は何 mg か」は決め切れない問いです。予防の成否をより大きく左右するのは「開始時期」と「効く帯に乗せること」であり、帯の中の最適 mg は二次的な論点にとどまります。

効果の象徴が ASPRE 試験(Rolnik 2017 NEJM、PMID 28657417) です。FMF(Fetal Medicine Foundation、英国胎児医学財団)の複合スクリーニング陽性者を、11-14 週から 36 週まで aspirin 150 mg を夜に飲ませた群とプラセボ群で比較し(無作為化 1,776 例、主要解析は aspirin 798 対 placebo 822=1,620 例)、早産期 PE が 13/798(1.6%)対 35/822(4.3%)、aOR 0.38(95%CI 0.20-0.74)、p=0.004 と 60% を超える減少を示しました。一方で、この同じ薬は満期 PE(term PE)には効きません。Discussion 自身がこう書いています。

"aspirin did not reduce the incidence of term preeclampsia"
〔和訳〕アスピリンは満期 PE の発症を減らさなかった。

満期 PE は OR 0.95(99%CI 0.57-1.57)と有意差なし。慢性高血圧(chronic HT)合併例での有効性も、ASPRE では決着していません――主論文に慢性 HT の明示的サブグループ解析はなく、二次解析の aOR は 1.29(95%CI 0.33-5.12)と 1.0 を大きく跨ぐため、利益も不利益も確定できない検出力不足の推定です(「効かなかった」とは断じられず、「慢性 HT 例で有効か未確定」が正確な読みです)。この効き方の偏りは Ch2 で見た FMF の検出特性と同じ理由で、アスピリンが主に効くのは胎盤形成の異常が主役の病態――早産期 PE であり、母体側の代謝・血管素因が前景に立つ満期 PE では効果が乏しくなります。検出の勾配と予防の勾配が同じ生物学に由来するのと同じく、予防効果も胎盤性の PE ほど大きく、満期に向かうほど薄れます。Magee 2022 NEJM が満期 PE に効かない理由を "Further research must clarify why"〔和訳:なぜそうなるのかは今後の研究で解明する必要がある〕と認めているとおり、機序の核心はまだ完全には言語化されていません。

その効く帯の中で何 mg がベストか――ここは一本道ではありません。同じ問いに正反対の答えを出した 2 つの統合解析があります。Hu 2024 JCH のネットワークメタ解析(Network Meta-Analysis、NMA、複数試験を直接・間接比較で同時に順位づける手法、PMID 38683867、23 RCT・N=10,547) は、aspirin 全体ではプラセボに対し PE が OR 0.66(0.58-0.75)と減るとしつつ、結論は "no statistically significant difference in the effect of different dosages"〔和訳:用量間で効果に統計学的有意差はなかった〕 と、用量差そのものを否定しました(順位指標 SUCRA 上は 80-100 mg/日が最適と出ましたが、これはランキングであって有意差ではありません)。一方、vanDoorn 2021 PLoS ONE の SR/MA(N=32,370) は間接比較で、150 mg なら早産期 PE が RR 0.38(0.20-0.72)、>81 mg でも RR 0.46(0.28-0.74)と効く一方、≤81 mg をまとめた解析では RR 0.78(0.58-1.05)と有意差なし――高用量ほど効く、という逆向きの方向性を示しています。

この「対立」は、見かけほど深いものではありません。両者がぶつかって見えるのは、見ているアウトカムと手法が違うからです。Hu は全 PE を、vanDoorn は早産期 PE のみを評価しており、しかも vanDoorn の 150 mg の効果は ASPRE 単独で駆動されています。結論が割れて見えるのは評価したアウトカムと解析手法の差によるものであって(前述のとおり Hu と vanDoorn は対象 PE も母数も異なります)、「80-100 mg と >150 mg のどちらが正しいか」が本当に割れているわけではありません。

この未決着は、推奨用量が世界で割れている現状にそのまま直結します。開始時期は各国おおむね妊娠初期で重なる(ACOG のように 12-28 週と幅をもたせる立場もあります)一方、用量は 81〜150 mg/日に分かれています。

  • 米国(USPSTF・ACOG)= 81 mg

  • 欧州(NICE・FIGO・ISSHP・豪 SOMANZ)= 150 mg(NICE のみ 75-150 mg。ISSHP は screen 種別により 150 mg/夜 と 100-162 mg/日 の二系統をもちます)

  • 日本(JSOG CQ104-2 が 81-100 mg/日程度)= 81-100 mg/日

低・中所得国(LMIC、low- and middle-income countries)の大規模試験 Hoffman 2020 ASPIRIN(Lancet、PMID 31982074) も、この論争に別の論点を加えました。6 か国の初産婦 N=11,976 に 81 mg/日を投与したところ、主要評価項目の早産(preterm birth、<37 週)は RR 0.89(95%CI 0.81-0.98)、p=0.012 と減ったのに、HDP 全体は RR 1.08(0.94-1.25)と有意差なしでした。早産は減るのに PE 予防効果ははっきりしない、という乖離が残ります(早産のうち <34 週は RR 0.75〔0.61-0.93、p=0.039〕、周産期死亡は RR 0.86〔0.73-1.00、p=0.048〕と改善しましたが、これらは PE 予防という論点からはやや傍論です)。81 mg という低めの用量で PE シグナルが鈍く出たことは、「効く帯のどこに乗せるか」を考えるうえで示唆的です。

各推奨主体の用量・開始・終了・添付文書の対応は、次の図表のとおりです(規制の詳細は⑤に集約します)。

要点:「100 mg 以上」という目安は複数の解析で繰り返し現れるが、その中の最適量(米 81/欧 150/日本 81-100)は依然として未決着。日本では JSOG が PE 予防の用量を単一に定めず、CQ104-2 が APS の文脈で 81-100 mg/日程度に触れるにとどまり、製剤も 81 mg(バッサミン配合錠 A81)と 100 mg(バイアスピリン)の両方が使えます。なお日本では、HDP 予防への低用量アスピリンは適応外・保険適用外の使用にあたります。

③ 就寝時投与(chronotherapy)― 朝飲むか夜飲むかで、同じ用量の効きが変わる

三つ目の条件は、服用「時刻」です。見落とされがちですが、まったく同じ用量でも「夜に飲む」ほうが効くという時間薬理学(chronotherapy)の知見があります。同じ 100 mg でも、朝に飲むか就寝時に飲むかで結果が動きます。

背景にあるのは血圧と血小板の日内リズムです。夜間から早朝にかけて血管系の活動が高まる時間帯に薬効を合わせると、血小板抑制と血圧コントロールがより効率よく働く――この発想を検証したのが Ayala 2013 の ASEM 試験 です。スペイン単施設・6 群 RCT で、高リスク妊婦 N=350 に aspirin 100 mg/日を投与し服用時刻で比較したところ、夕方から就寝時に飲む群(Time 2+3、n=118)は起床時投与+プラセボ群に対し HR 0.19(95%CI 0.10-0.39)、p<.001 という差を示しました。PE は 1.7% 対 13.4%、早産は 0% 対 11.6%。複合アウトカム(PE・早産・子宮内発育不全・死産)の NNT(Number Needed to Treat、1 例予防に必要な治療数)は 4.2(3.2-6.2)でした。さらに就寝時投与群は起床時投与群より、24 時間血圧の MESOR(24h SBP/DBP MESOR、概日リズムの平均水準)が収縮期/拡張期で 12.4/8.1 mmHg 低く抑えられていました。ASPRE が夜間投与(150 mg/night)を採用したのも、この時間薬理学が根拠の一つです。

ただし、この数字の重み付けには注意が要ります。単施設・N=350 という規模の 1 試験であり、他の集団・地域での再現は確認されていません。NNT 4.2 も、「アスピリンを 4.2 人に飲ませれば 1 例防げる」とそのまま読むことはできません。これは「就寝・夕方群を、起床時投与+プラセボ群と比較した複合アウトカムでの NNT」であって、通常の「アスピリン対プラセボ」の NNT とは比較群そのものが異なります。比較の土台を取り違えると、効果を過大に見積もります。

要点:服用時刻による差の根拠は単施設・小規模の 1 試験(Ayala 2013)が中心で、開始時期や用量ほど確立した条件ではありません。夜間投与は ASPRE でも採用されていますが、「夜に飲むべき」と強く推奨できるだけの裏づけはまだ薄い、という位置づけです。

④ カルシウム補充 ― 効くのは「集団を選んだとき」、しかも高用量は HELLP を増やす

④はカルシウム補充です。万人向けの予防のように語られることがありますが、効果は集団によって大きく変わります。効果が大きいのはもともとカルシウム摂取が少ない集団と、PE 高リスク集団です(原典が PE 予防効果の限定として明示するのは「低カルシウム食の女性で特に」であり、PE 高リスク集団はさらに大きな効果を示すサブグループです)。一方で、高用量にはむしろ害のシグナルがあります。対象集団を絞れるかどうかが、この介入の使いどころを左右します。

Cochrane Hofmeyr 2018 は 27 件の RCT を統合しました(高用量 ≥1g/日が 14 試験・N=15,730、低用量 <1g/日が 12 試験・N=2,334)。高用量で PE は全体として RR 0.45(95%CI 0.31-0.65)、I²=70%、確実性は低(low certainty)。ただし、この「全体で 0.45」は集団によって大きく振れる平均で、そのまま一般化はできません。効果が大きく出るのは、集団を選んだときです。原典がサブグループとして明確に区別しているのは「カルシウム摂取の少ない集団(low dietary calcium のサブグループ)で RR 0.36(0.20-0.65、I²=76%、8 試験・10,678 例)」で、さらに「PE 高リスク集団(high PE risk のサブグループ)では RR 0.22(0.12-0.42、5 試験・587 例)」と、より大きな効果を示しています。低用量でも RR 0.38(0.28-0.52、I²=0%)でした。効くかどうかはベースのカルシウム摂取量とリスクに左右される――「誰に勧めるか」で結果が変わります。

この集団差は日本人女性にも関わります。日本人女性のカルシウム摂取量は欧米より低く、国民健康・栄養調査でも、妊娠可能年齢の女性は推奨量(成人女性で 650 mg/日)を下回り、摂取の中央値はおおむね 330〜400 mg/日にとどまります(これは原典のサブグループ定義そのものではなく、原典の「low dietary calcium」サブグループが日本に当てはまりやすいことを示す補足です)。摂取が少ない集団ほど効くという原典の傾向を踏まえれば、日本人はこの介入が効きうる側に寄っている、と読めます。

そのうえで、見過ごせない警告があります。

🚨 HELLP 警告:高用量カルシウムで HELLP が RR 2.67(95%CI 1.05-6.82)、I²=0%、高確実度(2 試験・12,901 例、16 対 6 イベント) と増える。

PE を減らしにいったはずの介入が、最重症型の一つである HELLP をむしろ増やす――機序は不明ですが、Cochrane 自身が重大な注意点として明記しています。I²=0% で高確実度という品質の高さが、このシグナルを軽視できないものにしています。カルシウム補充を検討する場面では、この HELLP リスクも併せた判断になります。

要点:カルシウム補充は「摂取の少ない集団・PE 高リスク集団」に絞って考えます。日本人女性は摂取が少ない側に寄るため検討の余地はありますが、高用量を一律には勧めにくい――HELLP 増加(RR 2.67)という高確実度の害シグナルがあるためです。

⑤ 添付文書の「12 週」― 国際 GL と起算点が異なる

PMDA・FDA の妊娠期記載を、国際 GL と並べて整理します。まず起算点に注意が要ります――日本の PMDA 添付文書は分娩予定日からの逆算(「出産予定日 12 週以内」)で時期を示すのに対し、国際 GL は妊娠週数で開始時期を示します。米国 FDA はそのどちらとも異なり、妊娠週数を基準にした回避推奨(20 週以降)に 81 mg の例外を重ねる枠組みです。三者で時期の示し方そのものが違う点を踏まえて読みます。

PMDA のバイアスピリン 100mg 添付文書(2026-01-13 第 4 版)§9.5.1 は、次のように規定します。

「出産予定日 12 週以内の妊婦には投与しないこと。妊娠期間の延長、動脈管の早期閉鎖、子宮収縮の抑制、分娩時出血の増加につながるおそれがある。」

ここでの「出産予定日 12 週以内」とは、分娩予定日(40 週)から逆算して残り 12 週以内、すなわち妊娠 28 週以降を指します。挙げられている害――妊娠期間の延長、動脈管の早期閉鎖、子宮収縮の抑制、分娩時出血の増加――が、いずれも妊娠後期の事象であることとも整合します。一方、国際 GL は妊娠週数で開始時期を示し、開始はおおむね妊娠初期(GL により 12-16 週ごろ)、継続は妊娠後期から分娩近くまで(ACOG・NICE は分娩まで、ISSHP は 36 週、SOMANZ は 34 週〜分娩で中止と幅があります)です。同じ「12 週」でも、開始の起点が異なります――PMDA は分娩予定日起算で妊娠後期(28 週以降)を、国際 GL は妊娠週数起算で初期(12-16 週開始)を指します。ただし、両者の対象時期が無関係に分かれているわけではありません。国際 GL が示す妊娠後期までの継続(多くは 36 週前後〜分娩)は、PMDA が禁忌とする妊娠後期(28 週以降)と重なります。この 28 週以降の重複部分こそが、後述する適応外使用の論点です(運用の詳細は Ch11.3)。

FDA は、これとは構造が異なります。FDA は NSAID(non-steroidal anti-inflammatory drug、非ステロイド性抗炎症薬)一般について妊娠 20 週以降の使用を「回避推奨(avoid)」としており、これは PMDA の「禁忌」より法的な強さの弱い表現です。そのうえで低用量 81 mg については、FDA は Drug Safety Communication(DSC、薬剤安全性情報)2020-10-15 で、医療者の指示のもと妊娠のいずれの時期にも用いてよい例外として、明示的に除外しています。

"low 81 mg dose of the NSAID aspirin for certain pregnancy-related conditions at any point in pregnancy under the direction of a health care professional"
〔和訳〕NSAID であるアスピリンの低用量 81 mg は、特定の妊娠関連病態に対しては、医療者の指導のもとで妊娠中のいずれの時点でも(例外として用いてよい)。

アスピリン予防を始める妊娠 12-16 週は、§9.5.1 の禁忌(妊娠 28 週以降)ではなく、§9.5.2「出産予定日 12 週以内を除く妊婦には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与」の個別判断に当たります。FDA の市販(over-the-counter、OTC)81 mg ラベルは表記が過渡期で、Bayer(2025-12-04 改訂)は「last 3 months of pregnancy」〔和訳:妊娠最後の 3 か月〕、Meijer(2025-01-02 改訂)は「at 20 weeks or later in pregnancy」〔和訳:妊娠 20 週以降〕と揺れています(Bayer は妊娠最後の 3 か月=後期、Meijer は妊娠 20 週以降と、起点に幅があります)。

要点:添付文書の「12 週」は分娩予定日(40 週)起算=妊娠 28 週以降を指します。国際 GL は妊娠週数起算で、12-16 週ごろ開始・妊娠後期〜分娩まで継続(36 週前後〜分娩で GL により幅)を示すため、開始の起点が異なります。一方で、国際 GL の妊娠後期までの継続は PMDA が禁忌とする 28 週以降と重なり、この重複が適応外使用の論点になります。FDA は「20 週以降の回避推奨+81 mg は全期間の例外」と、PMDA の「28 週以降禁忌」とは構造が異なります。運用上の詳細は Ch11.3/11.4 で扱います。

⑥ 隣接する新しい軸 ― 薬で予防するのか、出すタイミングで防ぐのか

最後に、予防の枠組みに新しい角度が加わりつつある点を取り上げます。PE 予防には、薬物だけでなく「分娩のタイミング」という発想が研究され始めています。アスピリンが胎盤形成の段階で介入する薬物だとすれば、ここで現れるのは「胎盤が疲弊しきる前に児を出す」という別の発想です。

その最初の例が PREVENT-PE(Goadsby 2026 Lancet、Epub 2025-12-04) です。英国 2 施設・N=8,094 を対象に、36 週でリスク層別化したうえで計画的な早期満期分娩(risk-stratified planned early-term birth)を行う――薬物予防ではなく分娩タイミング戦略を検証した試験です。出生時 PE は 3.9% 対 5.6%、aRR(adjusted Risk Ratio、調整リスク比)0.70(95%CI 0.58-0.86)、p=0.0051 と 30% 減り、最も強いシグナルは子宮胎盤機能障害(uteroplacental dysfunction=常位胎盤早期剝離・血管新生バランスの破綻・FGR・臍帯動脈ドプラ波形異常・子宮内胎児死亡など、胎盤機能の破綻を指す PE の診断要素)の aRR 0.47(p=0.0057)でした。一方で緊急帝王切開(Emergency CS)、NICU 48 時間以上、周産期死亡は、いずれも有意差なし。「害を増やさずに PE を減らせた」という結果です。

ここでも NNT の読み方には注意が要ります。本試験の NNT は 13 ですが、この分母は介入群全体(4,037)ではなく、リスク ≥1 in 50 で早期満期分娩を offer された高リスク 885 人です。介入群全体で計算し直すと、population-level の NNT は約 60 になります。「13 人に 1 人介入すれば PE 1 例予防」と読むと過大評価になるため、「screen して offer された高リスク女性 885 人あたり」という前提を必ず添えて読みます。③の NNT 4.2 と同じく、NNT は「誰を分母に置いたか」を確かめてから受け取る数字です。

著者自身も冷静で、「30% の減少は、想定していた 50% より控えめな effect size だった」と評価しています(効果は事前指定したサブグループ間で一貫していました)。一方、両群ともアスピリン既使用率が 17.6%/15.6% 残っていた点は、効果をアスピリン使用前提のうえで読み、日本の集団にあてはめる際には割り引くべき留保です。それでも "first trial to show personalised approach to term PE risk assessment can reduce incidence without increasing harms"〔和訳:満期 PE リスク評価への個別化アプローチが、害を増やさずに発症を減らせると示した初の試験〕 という位置づけは重いものです。アスピリンが苦手としてきた満期 PE(②で見た「効かない領域」)に、分娩タイミングという別ルートで手が届きうる――この新しい角度の意義はそこにあります。あくまで本章はアスピリンの章なので、分娩タイミングの詳細は Ch7 で改めて論じます。

要点:予防の中核は「アスピリンを早く・十分量・夜に」という薬物軸であり続けます。そこに、36 週前後の個別化された分娩タイミングという別の軸が研究として現れ始めており、アスピリンが効きにくい満期 PE に別ルートで届きうる点は注目に値します。ただし PREVENT-PE は英国 2 施設の単一試験で、JSOG 産科診療ガイドライン 2026 には未収載、参加者に占める East Asian も 2.2% にとどまります。本稿はこれを新しい方向性として紹介するにとどめ、日本での個別化分娩の運用までは踏み込みません。

次章へ

アスピリンとカルシウムで「発症を防ぐ」話は、ここまでです。現実には、HDP 妊婦の多くがすでに血圧の上がった状態で外来に現れます。予防の網をすり抜けた、あるいは網にかける前から高血圧を抱えた妊婦をどう扱うか。次回・第 2 回は、慢性高血圧(chronic hypertension)の降圧へ。長く「降圧すると児が育たない」と恐れられてきた常識が、近年の大規模 RCT でどう撤回されたのか。

本連載『妊娠高血圧症候群 診療アップデート』(全4回)の各回の要旨・図表アーカイブ・参考文献は、公開リファレンスサイト https://obstetric-strategist.com にまとめています(本文は theLetter で全文無料)。連載全体を一望し、図表や原典に当たる入り口としてご利用ください。新規連載の公開をメールで受け取りたい方は、こちらからご登録ください → https://obstrategist.theletter.jp/ (配信はいつでも解除できます)。

付録:本稿で頻出する略語(第1回)

本稿(第1回)で用いた主な略語の一覧です(各略語は本文の初出時にも展開しています)。完全版(連載全体)は最終回の付録にまとめます。

一般・統計

  • HDP:Hypertensive Disorders of Pregnancy — 妊娠高血圧症候群

  • PE:Preeclampsia — 妊娠高血圧腎症

  • gHTN:Gestational Hypertension — 妊娠高血圧

  • cHTN / CHTN:Chronic Hypertension — 慢性高血圧

  • HELLP:Hemolysis, Elevated Liver enzymes, Low Platelets — 溶血・肝酵素上昇・血小板減少症候群

  • SGA:Small for Gestational Age

  • FGR:Fetal Growth Restriction — 胎児発育制限

  • IUFD:Intrauterine Fetal Death — 子宮内胎児死亡

  • CS:Cesarean Section — 帝王切開

  • NNT:Number Needed to Treat — 治療必要数

  • NNS:Number Needed to Screen — スクリーニング必要数

  • RR:Relative Risk — 相対危険度

  • OR:Odds Ratio — オッズ比

  • HR:Hazard Ratio — ハザード比

  • aRR / aOR / aHR:adjusted RR / OR / HR — 調整値

  • CI:Confidence Interval — 信頼区間

  • AUROC:Area Under the Receiver Operating Characteristic Curve

病態・診断・予測

  • APS:Antiphospholipid Syndrome — 抗リン脂質抗体症候群

  • SLE:Systemic Lupus Erythematosus — 全身性エリテマトーデス

  • sFlt-1:soluble fms-like tyrosine kinase-1

  • PlGF:Placental Growth Factor — 胎盤成長因子

  • FMF:Fetal Medicine Foundation(本稿では combined screening model 由来の文脈)

治療・薬剤

  • LDA:Low-Dose Aspirin — 低用量アスピリン

  • MgSO4:Magnesium Sulfate — 硫酸マグネシウム

学会・規制機関

  • ACOG:American College of Obstetricians and Gynecologists — 米国産婦人科学会

  • NICE:National Institute for Health and Care Excellence (UK) — 英国国立医療技術評価機構

  • ISSHP:International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy — 国際妊娠高血圧学会

  • SOMANZ:Society of Obstetric Medicine of Australia and New Zealand

  • FIGO:International Federation of Gynecology and Obstetrics — 国際産婦人科連合

  • USPSTF:US Preventive Services Task Force — 米国予防医学作業部会

  • JSOG:Japan Society of Obstetrics and Gynecology — 日本産科婦人科学会

  • JSSHP:Japan Society for the Study of Hypertension in Pregnancy — 日本妊娠高血圧学会

  • FDA:Food and Drug Administration — 米国食品医薬品局

  • PMDA:Pharmaceuticals and Medical Devices Agency — 独立行政法人医薬品医療機器総合機構

  • DSC:Drug Safety Communication(FDA 用語)

試験

  • ASPRE:Aspirin for Evidence-Based Preeclampsia Prevention(Rolnik 2017 N Engl J Med)

参考文献(配信1:病態・予測・予防)

本文は著者-年方式で引用し、各文献の PubMed/DOI リンクは本リストに集約した(theLetter 公開時にハイパーリンク化する)。筆頭著者のみを示し共著者は et al. とした(PMID/DOI で一意に同定できる)。UpToDate ほかの二次情報源は本文中で topic 名を示すにとどめ、参考文献には原典のみを挙げる。連載全体の完全リスト(70 本)は最終回(第 4 回)の付録に収載する。

病態と分類(Ch1)

  • Lisonkova S, et al. Incidence of preeclampsia: risk factors and outcomes associated with early- versus late-onset disease. Am J Obstet Gynecol 2013;209:544.e1-544.e12. PMID 23973398/DOI 10.1016/j.ajog.2013.08.019

  • Magee LA, et al. Preeclampsia〔総説〕. N Engl J Med 2022;386:1817-1832. PMID 35544388/DOI 10.1056/NEJMra2109523

  • Levine RJ, et al. Circulating angiogenic factors and the risk of preeclampsia. N Engl J Med 2004;350:672-683. PMID 14764923/DOI 10.1056/NEJMoa031884

  • Magee LA, et al. The 2021 International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy classification, diagnosis & management recommendations for international practice. Pregnancy Hypertens 2022;27:148-169. PMID 35066406/DOI 10.1016/j.preghy.2021.09.008

  • Houri O, et al. Phenotyping Preeclampsia Using Unsupervised Machine Learning: A Prospective Cohort Study. BJOG 2026(Epub). PMID 42136148/DOI 10.1111/1471-0528.70262

  • Chaiworapongsa T, et al. Preeclampsia at term: evidence of disease heterogeneity based on the profile of circulating cytokines and angiogenic factors. Am J Obstet Gynecol 2024;230:450.e1-450.e18. PMID 37806612/DOI 10.1016/j.ajog.2023.10.002

  • American College of Obstetricians and Gynecologists. Gestational Hypertension and Preeclampsia: ACOG Practice Bulletin, Number 222. Obstet Gynecol 2020;135:e237-e260. PMID 32443079/DOI 10.1097/AOG.0000000000003891

  • National Institute for Health and Care Excellence (NICE). Hypertension in pregnancy: diagnosis and management〔NG133〕. 2019(updated 2023). https://www.nice.org.uk/guidance/ng133

  • Society of Obstetric Medicine of Australia and New Zealand (SOMANZ). Hypertension in Pregnancy Guideline 2023.〔summary: A summary of the 2023 Society of Obstetric Medicine of Australia and New Zealand (SOMANZ) hypertension in pregnancy guideline. Med J Aust 2024;220:582-591. PMID 38763516

リスク層別化とスクリーニング(Ch2)

  • Tan MY, et al. Screening for pre-eclampsia by maternal factors and biomarkers at 11-13 weeks' gestation. Ultrasound Obstet Gynecol 2018;52(2):186-195. PMID 29896812/DOI 10.1002/uog.19112

  • Tiruneh SA, et al. Externally validated prediction models for pre-eclampsia: systematic review and meta-analysis. Ultrasound Obstet Gynecol 2024;63(5):592-604. PMID 37724649/DOI 10.1002/uog.27490

  • Foster AB, et al. Do first-trimester screening algorithms for preeclampsia aligned to use of preventative therapies reduce the prevalence of pre-term preeclampsia: A systematic review and meta-analysis. Prenat Diagn 2023;43:950-958. PMID 37277892/DOI 10.1002/pd.6394

  • US Preventive Services Task Force (Davidson KW, et al). Aspirin Use to Prevent Preeclampsia and Related Morbidity and Mortality: US Preventive Services Task Force Recommendation Statement. JAMA 2021;326:1186-1191. PMID 34581729/DOI 10.1001/jama.2021.14781

  • Henderson JT, et al. Aspirin Use to Prevent Preeclampsia and Related Morbidity and Mortality: Updated Evidence Report and Systematic Review for the US Preventive Services Task Force. JAMA 2021;326:1192-1206. PMID 34581730/DOI 10.1001/jama.2021.8551

  • Montgomery-Csobán T, et al. Machine learning-enabled maternal risk assessment for women with pre-eclampsia (the PIERS-ML model): a modelling study. Lancet Digit Health 2024;6:e238-e250. PMID 38519152/DOI 10.1016/S2589-7500(23)00267-4

予防(Ch3)

  • Rolnik DL, et al. Aspirin versus Placebo in Pregnancies at High Risk for Preterm Preeclampsia〔ASPRE〕. N Engl J Med 2017;377:613-622. PMID 28657417/DOI 10.1056/NEJMoa1704559

  • Roberge S, et al. The role of aspirin dose on the prevention of preeclampsia and fetal growth restriction: systematic review and meta-analysis. Am J Obstet Gynecol 2017;216:110-120.e6. PMID 27640943/DOI 10.1016/j.ajog.2016.09.076

  • Roberge S, et al. Aspirin for the prevention of preterm and term preeclampsia: systematic review and metaanalysis. Am J Obstet Gynecol 2018;218:287-293.e1. PMID 29138036/DOI 10.1016/j.ajog.2017.11.561

  • Hu X, et al. The optimal dosage of aspirin for preventing preeclampsia in high-risk pregnant women: A network meta-analysis of 23 randomized controlled trials. J Clin Hypertens (Greenwich) 2024;26:455-464. PMID 38683867/DOI 10.1111/jch.14821

  • van Doorn R, et al. Dose of aspirin to prevent preterm preeclampsia in women with moderate or high-risk factors: A systematic review and meta-analysis. PLoS One 2021;16:e0247782. PMID 33690642/DOI 10.1371/journal.pone.0247782

  • Hoffman MK, et al. Low-dose aspirin for the prevention of preterm delivery in nulliparous women with a singleton pregnancy (ASPIRIN): a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Lancet 2020;395:285-293. PMID 31982074/DOI 10.1016/S0140-6736(19)32973-3

  • Ayala DE, et al. Chronotherapy with low-dose aspirin for prevention of complications in pregnancy. Chronobiol Int 2013;30:260-279. PMID 23004922/DOI 10.3109/07420528.2012.717455

  • Hofmeyr GJ, et al. Calcium supplementation during pregnancy for preventing hypertensive disorders and related problems. Cochrane Database Syst Rev 2018;10:CD001059. PMID 30277579/DOI 10.1002/14651858.CD001059.pub5

  • 医薬品医療機器総合機構(PMDA). バイアスピリン錠100mg 添付文書(第4版、2026年1月改訂、製造販売元:バイエル薬品、承認番号 21200AMY00212000).

  • US Food and Drug Administration (FDA). Drug Safety Communication: FDA recommends avoiding use of NSAIDs in pregnancy at 20 weeks or later(2020-10-15、低用量81 mgは医療者指示下で例外)/OTC Drug Facts(Bayer・Meijer Aspirin 81 mg).

  • Goadsby J, et al. Scheduled birth at term for the prevention of pre-eclampsia (PREVENT-PE): an open-label randomised controlled trial. Lancet 2026;407:67-77(Epub 2025-12-04). PMID 41354041/DOI 10.1016/S0140-6736(25)01207-3

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UpToDate(PE Pathogenesis/Prediction/Prevention の各 topic)は本文中で参照を明示したが、二次情報源につき本リストには列挙しない(原典は上記に収載)。完全版 70 本は第 4 回付録に統合。

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