分娩後出血の見取り図 ― 第6回:子宮内デバイスの現在地
本連載は産婦人科専門医が執筆しています。頻出する略語は記事末尾の付録にまとめ、本文では初出時に展開します。
結論(忙しい先生へ)
一次対応で止まらない弛緩出血に対する最初の物理的な手段は、子宮内バルーンタンポナーデ(uterine balloon tamponade:UBT)です。ただし「止血成功率が高い」ことは「重大な転帰を改善する」ことと同じではありません。 UBTの止血成功率は系統的レビュー・メタ解析で85.9%(95%信頼区間 83.9〜87.9)と一貫して高い一方(Suarez 2020)、母体死亡や外科的介入といった重大な転帰については、無作為化比較試験では有意差がなく、観察研究では動脈塞栓の実施が減少しており、結果は分かれています(Suarez 2020)。WHOはこの状況をふまえ、UBTを特定の文脈に限る推奨(context-specific recommendation、いわゆる条件つき)としています(WHO 2021)。
「早く入れれば挽回できる手技」ではありません。 高所得国の無作為化試験(TUB trial)では、二次治療と同時にバルーンを早期に留置しても、重症PPHは67.2%対74.3%(リスク比 0.90、95%信頼区間 0.79〜1.03)で、後期留置と有意差はありませんでした(Rozenberg 2023)。UBTは時間を稼ぐ一時止血であり、効かなければ時間を区切って次の手に移ることが要になります。
世界では、別の機序である「陰圧(vacuum)」を用いた子宮内デバイスの検討が進んでいます。 観察研究の系統的レビューでは、陰圧デバイスの止血成功率は90%(子宮弛緩例で92%)と報告され、バルーンと直接比べた2研究では輸血割合が38%対60%でした(Card 2024)。ただし無作為化比較試験はまだ一つもなく、対照群を置いた確証は2027年完了予定の試験を待つ段階です(Card 2024)。
低コストの代替も、素材として検討されています。 吸引管を用いる方法(STUT)は、胃管(約0.50米ドル)を、高価な専用デバイス(約1,200米ドル)に代える低資源環境向けの発想として提案されています。ただし裏づけは59人の実行可能性試験にとどまり、割付どおりの解析では有意差がつかず、決定を変える確証には至っていません(Singata-Madliki 2025)。
日本では、各種の子宮内バルーンと、動脈塞栓(IVR)を含む集学的対応が日常的に行われています。 陰圧デバイス(JADA System など)は米国FDAに承認されていますが、本稿執筆時点で日本には導入されていません。本回は、これらの国際的な動向を事実として報告し、デバイスの優劣ではなく、一時止血としての進め方と、エビデンスの確実性の現在地を扱います。
止まらないとき、最初の物理的な手段は子宮内バルーン
一次対応で止まらない弛緩出血に対して、最初に用いる物理的な止血手段が子宮内バルーンです。
日本の産科ガイドライン(JSOG 産科編2026・CQ416-1)は、十分な子宮収縮薬の投与と双手圧迫が奏功しない弛緩出血に対し、子宮内バルーンタンポナーデを最初の応急止血として位置づけています(産科ガイドライン2026・CQ416-1)。さらに止血が得られず産科危機的出血に至れば、動脈塞栓(interventional radiology:IVR)・子宮圧迫縫合・子宮摘出といった対応に進みます(産科ガイドライン2026・CQ416-2)。日本では各種の子宮内バルーンが用いられ、IVRを含む集学的対応が行き渡っています。
本回は、この「最初の物理的な手段」であるバルーンを起点に、その効果がどこまで確かめられているか、そして世界で検討が進む別の選択肢――陰圧――が今どこにいるかを見ていきます。
「止血成功率が高い」ことと「重大な転帰が改善する」ことは別
UBTの止血成功率は一貫して高いのですが、死亡や子宮摘出といった重大な転帰を減らせるかどうかは、試験の種類によって結果が分かれています。
系統的レビュー・メタ解析(91研究・4,729人)では、UBTの止血成功率は85.9%(95%信頼区間 83.9〜87.9)、子宮弛緩に限ると87.1%でした(Suarez 2020)。一方で、重大な転帰――母体死亡・外科的介入、または動脈塞栓(放射線的介入)をまとめた複合転帰――を無作為化比較試験でみると、リスク比は0.59(95%信頼区間 0.02〜16.69)で、有意差はありませんでした。観察研究(導入前後の比較)では、動脈塞栓の実施がリスク比0.29(95%信頼区間 0.14〜0.63)で有意に減っています(いずれもSuarez 2020)。著者は、無作為化試験は効果を示さず観察研究は有効を示すという、両者が一致しない状態にあると述べています(Suarez 2020)。
WHOはこの状況をふまえて判断しています。UBTと標準治療を比べた無作為化試験は、いずれも低資源環境でコンドームカテーテルを用いたもので、総出血量>1,000mLの増加(Dumont:リスク比1.52、95%信頼区間 1.15〜2.00)や、手術・母体死亡の増加(Anger:発生率比4.08、95%信頼区間 1.07〜15.58)といった害の方向を示しました(Weeks 2022)。WHOはこれを無視できない所見と受け止めたうえで、無作為化試験(害)と観察研究(高成功率)が一致しない理由は「不明(研究デザイン・バルーンの種類・他の必須ケアへのアクセスのどれによるものか判然としない)」とし、無条件の推奨は避けて、外科・輸血への即時アクセス、一次治療プロトコルの実装、継続的なモニタリングなど五つの前提条件を満たす場合に限る条件つき推奨としました(WHO 2021)。害を示した無作為化試験がいずれもコンドームカテーテル・低資源環境であった点は、この有害性の所見を専用のバルーン一般にそのまま広げられないことを意味します。
「早く入れれば挽回できるのか」という問いには、高所得国(フランス)の無作為化試験(TUB trial・NCT02226731、Rozenberg 2023)が答えています。二次治療の子宮収縮薬(この試験ではプロスタグランジン製剤のスルプロストン)と同時にバルーンを早期に留置する群と、二次治療が効かなければ留置する後期群を比べたところ(後期群で実際に留置されたのは20.2%)、重症PPH(>1,000mL または赤血球3単位以上の輸血)は67.2%対74.3%、リスク比0.90(95%信頼区間 0.79〜1.03)で有意差はなく、試験は無益中止(futility)となりました。早期群では子宮内膜炎が2.7%対0%とやや多く報告されています(いずれもRozenberg 2023)。著者らは、二次治療の不応を確認したら速やかに留置するのが最良の低侵襲な選択肢だと結論しています。
これらを合わせると、UBTは時間を稼ぐ一時止血(temporizing)として位置づけるのが実際的です。止血が得られなければ時間を区切り、遅らせずに外科的な次の手へ移る。留置して経過を待つのではなく、効果を確かめながら次に備える、という進め方になります。

図1 UBTの重大な転帰への効果は、試験の種類で分かれる(Suarez 2020)。止血成功率は高い一方、重大な転帰(母体死亡・外科的介入・動脈塞栓)は、無作為化試験では有意差がなく、観察研究の動脈塞栓では有意に減少しており、結果が分かれます(確実性は低い)。WHOはこの状況をふまえ、条件つき推奨としています。
世界で検討が進む「陰圧」――別の機序の子宮内デバイス
バルーンが内腔を広げて圧迫するのに対し、陰圧を用いるデバイスは子宮内腔を縮小させて筋層の収縮を促す、別の機序の止血手段です。

図2 陰圧デバイスとバルーンの止血機序の違い(Card 2024)。陰圧は子宮内腔を縮小させて筋層の収縮を促し、バルーンは内腔を伸展して血管を圧迫する、別の機序です。
陰圧デバイス(vacuum-induced haemorrhage-control device:VHD)は、低い陰圧で子宮腔の血液を回収容器へ排出して子宮内腔を縮小させ、筋層の収縮を促します(Card 2024)。観察研究6件(1,018人)をまとめた系統的レビューでは、一次治療が奏功しなかったPPHに陰圧デバイスを用いた止血成功率は90%、子宮弛緩例で92%でした(Card 2024)。これはバルーンの85.9%(Suarez 2020)と同程度以上ですが、この90%は信頼区間を伴わない点推定(加重平均)であり、非ランダム化研究に由来する点に注意が要ります。
バルーンと直接比べた2研究(計320人)では、赤血球輸血を要した割合が38%対60%でした。止血に要した時間も、大半が5分未満で、47%は3分以内でした(バルーンでは弛緩例で平均9分と報告されています)(いずれもCard 2024)。止血の速さと輸血の少なさが、観察研究で示されています。
ただし、確実性はまだ低いままです。この系統的レビューに含まれた研究はすべて非ランダム化で、無作為化比較試験は一つもありません。有害事象を報告したのは6研究のうち2研究にとどまり、報告された有害事象は子宮内膜炎などで生命を脅かすものではなかったとされています。著者自身、推奨の確実性には限界があると明記しています(Card 2024)。対照群を置いた確証は、2027年完了予定の無作為化比較試験(NCT05382403)を待つ段階です(Card 2024)。

図3 陰圧デバイスの現在地(Card 2024)。観察研究での止血成功率は高く、バルーンと比べた赤血球輸血も少なめですが、無作為化比較試験はまだなく、対照群を置いた確証はこれからの段階にあります。
低コストの代替――吸引管とハイブリッド(素材として)
専用の陰圧デバイスが手元にない環境では、安価な吸引管や、既存のバルーンに吸引をつなぐ工夫が、代替の発想として検討されています。
胃管を子宮腔に挿入して吸引する方法(suction tube uterine tamponade:STUT)は、約0.50米ドルの胃管を用い、約1,200米ドルの専用デバイスに対する低資源環境での選択肢として提案されています(Singata-Madliki 2025)。難治性PPH 59人を対象とした実行可能性試験では、出血1,000mL超・開腹・死亡をまとめた主要アウトカムは、割付どおりの解析でバルーン52%に対しSTUT 30%(リスク比0.56、95%信頼区間 0.30〜1.05)と有意差はなく、実際に受けた治療で分類した解析ではバルーン54%に対しSTUT 27%(リスク比0.49、95%信頼区間 0.25〜0.96)でした。主要な裏づけはこの59人の実行可能性試験(割付どおりの解析では有意差なし・低い確実性)にとどまり、決定を変える確証としては提示できません(いずれもSingata-Madliki 2025)。ただし吸引デバイスは血液をより効率的に回収するため、出血量の比較はバルーン側に有利にはたらきうると著者は述べています(Singata-Madliki 2025)。既存のバルーンを少量ふくらませて吸引をつなぐ方法(Haslinger型)も、単施設66人の報告があります(Card 2024)。確証は、進行中のWHO RED Trial(Refractory Haemorrhage Devices、STUTを含む難治性PPH治療の大規模試験)に持ち越されています(Singata-Madliki 2025)。
なお、低資源環境で害が報告されたのは、いずれもコンドームを用いた自作バルーンであり、専用のバルーン一般に広げられるものではありません(Singata-Madliki 2025)。
日本の現在地と、次の一手
日本では各種の子宮内バルーン(注水式・陽圧)と動脈塞栓(IVR)が日常的に用いられており、陰圧デバイスは本稿執筆時点で導入されていません。
日本では、弛緩出血に対する子宮内バルーンと、産科危機的出血に対するIVR(動脈塞栓)・子宮圧迫縫合・子宮摘出という集学的対応が行き渡っています(産科ガイドライン2026・CQ416-2)。陰圧デバイス(JADA System など)は米国FDAに承認され(2020年)、その後 OrganonからLaborieへ事業が移りましたが、本稿執筆時点で日本には導入されていません。本回で挙げた陰圧デバイス・STUT・ハイブリッドは、国際的に検討が進む選択肢、あるいは低資源環境での発想として報告するものです。
デバイスの優劣そのものより、実務で重要になるのは進め方――止血が得られなければ遅らせず次の手へ移ること――だと考えます。バルーンも陰圧も、止血成功率は高くても、死亡や子宮摘出といった重大な転帰を減らすことが対照試験で確かめられているわけではありません。エビデンスの現在地は、観察研究では有望で、無作為化比較試験による確証はこれから、というところです。
まとめ
機械的止血の伸びしろは、成功率の数字ではなく、確実性の構造にあります。
一次対応で止まらない弛緩出血の最初の物理的手段は、子宮内バルーンです。止血成功率は高いのですが、重大な転帰を減らせるかは無作為化試験と観察研究で結果が分かれ、WHOは条件つき推奨としています。
世界では、別の機序である陰圧デバイスの検討が進んでいます。観察研究では止血成功率90%と有望ですが、無作為化比較試験はまだなく、2027年の確証を待つ段階です。
子宮内デバイスは時間を稼ぐ一時止血です。効かなければ時間を区切り、遅らせずに次の手へ移ることが要になります。
次回(第7回)は、デバイスで止まらないときの手術室での止血――止血手技の順序と、damage control(ダメージコントロール=止血より蘇生を優先する概念)を扱います。

参考図 陰圧デバイス(Jada System)の構造と留置の模式図(自作。仕様の出典=CADTH Horizon Scan 2022/Organon 添付文書)。シリコーン製の子宮内ループを留置し、低い陰圧で子宮内腔を縮小させて筋層の収縮を促し、血管を圧迫して止血します。バルーンが内腔を広げて圧迫するのとは逆の発想です。日本には未導入で、構造の理解のための参考図です。
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付録:本稿で頻出する略語
PPH — postpartum haemorrhage(分娩後出血)
UBT — uterine balloon tamponade(子宮内バルーンタンポナーデ)
VHD — vacuum-induced haemorrhage-control device(陰圧を用いた止血デバイス)
STUT — suction tube uterine tamponade(吸引管子宮タンポナーデ)
IVR — interventional radiology(血管内治療。本稿では動脈塞栓)
リスク比(risk ratio:RR) — 転帰の発生リスクの比
ITT(intention-to-treat)/per-protocol — 前者は割付どおりに全例を解析、後者は実際に受けた治療で解析
FDA — 米国 Food and Drug Administration(米国食品医薬品局)
参考文献
Card LM, Klinkowski AV, Salzer E, et al. Vacuum-induced tamponade for managing postpartum hemorrhage: a systematic review. J Matern Fetal Neonatal Med 2024;37(1):2349957. PMID: 38735867
Clark M, MacDougall D. Vacuum-Induced Uterine Tamponade for Postpartum Hemorrhage(陰圧デバイスの構造・仕様). CADTH Horizon Scan. Ottawa: Canadian Agency for Drugs and Technologies in Health; 2022. PMID: 37906670
Singata-Madliki M, Nieto-Calvache AJ, Rivera-Torres LF, et al. Suction tube uterine tamponade versus uterine balloon tamponade for treatment of refractory postpartum hemorrhage: a randomized clinical feasibility trial. Int J Gynaecol Obstet 2025;170:326. PMID: 39853765
Suarez S, Conde-Agudelo A, Borovac-Pinheiro A, et al. Uterine balloon tamponade for the treatment of postpartum hemorrhage: a systematic review and meta-analysis. Am J Obstet Gynecol 2020;222(4):293.e1-293.e52. PMID: 31917139
World Health Organization. WHO recommendation on uterine balloon tamponade for the treatment of postpartum haemorrhage. Geneva: World Health Organization; 2021.
Weeks AD, Akinola OI, Amorim M, et al. World Health Organization recommendation for using uterine balloon tamponade to treat postpartum hemorrhage. Obstet Gynecol 2022;139(3):458-462. PMID: 35115478
Dumont A, Bodin C, Hounkpatin B, et al. Uterine balloon tamponade as an adjunct to misoprostol for the treatment of uncontrolled postpartum haemorrhage: a randomised controlled trial in Benin and Mali. BMJ Open 2017;7(9):e016590. PMID: 28864699
Rozenberg P, Sentilhes L, Goffinet F, et al. Efficacy of early intrauterine balloon tamponade for immediate postpartum hemorrhage after vaginal delivery: a randomized clinical trial. Am J Obstet Gynecol 2023;229(5):542.e1-542.e14. PMID: 37209893
日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン産科編2026. CQ416-1(分娩後異常出血の予防ならびに対応)・CQ416-2(産科危機的出血への対応). 2026:268-276.
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