分娩後出血の見取り図 ― 第8回(最終回):最新の凝固・輸血管理

分娩後出血(PPH)の凝固・輸血管理をめぐっては、粘弾性検査や回収式自己血輸血、全血、早期のフィブリノゲン補充が論じられています。最終回はこれらを原典で確かめます。
Obstetric Strategist 2026.09.17
誰でも

本連載は産婦人科専門医が執筆しています。略語は記事末尾の付録にまとめています。

結論(忙しい先生へ)

  • 産科の大量出血は、外傷とは凝固の生理が異なります。 大多数は出血が3Lを超えるまでプロトロンビン時間などの延長はまれで、欠乏していない段階での経験的なフィブリノゲン補充は臨床的な有益性が示されていません(Cox 2026)。

  • フィブリノゲンは速く正確に測れますが、「測れば転帰が良くなる」はまだ示されていません。 乾式装置(CG02N)も粘弾性検査も150mg/dL未満の判定は高精度ですが、粘弾性でガイドした輸血が母体の転帰を改善すると検出力をもって示した試験は、まだありません(Nakamura 2023/Katz 2024)。測定は、経験的な補充に頼らないための手がかりです。

  • 重症度を分けるのはフィブリノゲンで、線溶マーカーではありません。 日本の産科DIC基準の2024年改訂は、線溶亢進を必須要件として線溶亢進型のDICを捉える設計で、その中で重症度を分けたのはフィブリノゲンでした(Takahashi 2026)。希釈性の凝固障害は、設計上この基準とは別に見ます。

  • 早期トラネキサム酸は、大規模試験で裏づけられた数少ない介入です。 ただし減らすのは出血による死亡で、全死亡や子宮摘出ではありません。効果は投与の遅れとともに連続的に減衰し、時計の起点は出生です(WOMAN Trial 2017/Gayet-Ageron 2018/WHO 2025)。

  • 新しい製剤や輸血法(クリオプレシピテート・回収式自己血輸血・全血)は有望ですが、母体の転帰を改善するとはまだ示されていません。 遺伝子組換え第VIIa因子やプロトロンビン複合体製剤も同様で、血栓リスクを伴います。日本の産科ガイドライン2026は、既にこの枠組みを持っています。

§1 産科の凝固は、外傷と違う

分娩後出血の止血管理は、長く外傷診療の蘇生戦略を援用してきました。大量出血に早期から新鮮凍結血漿(FFP)を赤血球と1対1で投与し、フィブリノゲンを経験的に補う——外傷蘇生で確立した枠組みです。このうち赤血球とFFPを1対1で与える比率は、いまも国際産科婦人科連合(FIGO)2022や米国産婦人科学会(ACOG)が採り、日本の産科ガイドライン2026はFFPを多めに(1:1以上)投与するとしています。ですが産科の大量出血は、凝固の生理が外傷とは異なります。妊娠末期は生理的な高凝固状態にあり、フィブリノゲンやフォン・ヴィレブランド因子、第VIII因子は非妊時の2〜3倍に達します。そして分娩後出血の多くでは、出血が3Lを超えるまで、プロトロンビン時間や活性化部分トロンボプラスチン時間の延長はまれだと報告されています(1,500mL以上の分娩後出血456例の観察。de Lloyd 2011、Cox 2026)。凝固の破綻が早い段階から起こりやすい外傷とは、出発点が異なります。

では、外傷から借りた枠組みのどこを産科では見直すのか。ひとつは、早期からの経験的な血漿投与です。フィブリノゲンの低い状況で新鮮凍結血漿を先行させても希釈に傾きやすく、輸血関連循環過負荷(TACO)や輸血関連急性肺障害(TRALI)のリスクを伴います(Cox 2026)。もうひとつは、フィブリノゲンの経験的補充です。フィブリノゲン濃縮製剤を投与した2つのランダム化比較試験(2gのWikkelsøら、3gのFIDEL試験)は、いずれも臨床的な有益性を示しませんでした(Wikkelsø 2015、Ducloy-Bouthors 2021〔FIDEL〕)。ただし両試験とも、ランダム化の時点で平均フィブリノゲンは4g/L台(Wikkelsø 4.5・FIDEL 4.1 g/L)——欠乏していない集団への補充でした。読み取れるのは、フィブリノゲンが保たれた段階での経験的補充に益はない、という範囲です。

国際的にも、目標とするフィブリノゲン値には幅があり、FIGO2022は150〜200mg/dL、英国王立産婦人科学会(RCOG)2016は2g/L超を掲げ(いずれもCox 2026 が総説で整理)、国際血栓止血学会(ISTH)2016は2g/L以上の維持を求めています(ISTH 2016)。RCOG・ISTHは、迅速な測定ができない状況での経験的補充も残しています。

もっとも、産科に固有の重い凝固障害が存在しないわけではありません。近年提唱された急性産科性凝固障害(AOC)は、早期から重症の低フィブリノゲン血症をきたす一群で、後天性の異常フィブリノゲン血症と線溶亢進を伴います(de Lloyd 2023)。その機序として、過剰なプラスミン産生によるフィブリノゲンと第V因子の分解が示されています(Collins 2025)。報告された頻度は分娩1,000件あたり約1例、児の死亡を50%に認めたとされます(de Lloyd 2023)。ただし提唱した著者ら自身が、その機序、産科DICとの関係、最適な管理は、いずれもさらなる検討を要すると述べています(de Lloyd 2023、Collins 2025)。外傷の枠組みでは説明しきれない産科固有の凝固障害がある——ただし、それを日常臨床で診断できる確立した基準はまだない、という段階の知見です。

産科の大量出血で問われるのは、外傷の枠組みをそのまま当てはめることではありません。生理の違いを前提に、経験的な補充に頼らず、何を・どれだけ補うかを見極める——それが、この回を貫く問いです。

§2 フィブリノゲンを速く正確に測る

では、フィブリノゲンをどう速く正確に測るか。日本の分娩の現場でこれを担うのは、全血からその場で測るポイントオブケア機器(乾式カード方式のCG02N、そして現在普及するFibCare)です。いずれもフィブリノゲンを数十秒から数分で返し、中央検査室のClauss法が結果まで30〜50分を要することを思えばはるかに速い。一方、粘弾性検査(TEG/ROTEM)は凝固から線溶までを波形で捉えますが、血餅硬度で10〜20分、線溶まで含めれば30分前後を要し、導入も一部の施設にとどまります。問われるのは、その速さが臨床判断に足る精度を伴うか、そして何を測っているかです。

乾式装置の産科での妥当性は、日本の検討が示しています。分娩後の大量出血126例で、CG02Nはフィブリノゲン150mg/dL未満の判定でAUC 0.969、Clauss法との相関係数0.79を示しました(Nakamura 2023)。粘弾性検査との直接比較でも、CG02NとTEG6s(カートリッジ式の自動粘弾性検査装置)の判別能に有意差はありませんでした(150mg/dL以下の判定でいずれもAUC約0.96。Nakamura 2023)。原理の面でも、全血の測定でClauss法と相関係数0.91、150mg/dL(1.5g/L)の低フィブリノゲン血症の検出でAUC 0.980と報告されています(Hayakawa 2015)。なお、現在の産科臨床で広く使われているのは、乾式カードでフィブリノゲンを測るFibCare(測定原理はClauss法と同じトロンビン時間法)です。ただし中央検査室のClauss法と比べると低フィブリノゲン域で値が高めに出やすく、Clauss法で150mg/dL以下だった35例のうち14例(約4割)をFibCareは150以上と読みました(全血での測定下限も80mg/dL)。判定の閾値はやや高めに置くのが無難です(Mihara 2024。対象は外傷が大半の救急例で、産科に限った検討ではありません)。

ただし、絶対値そのものは妊娠で散らばります。CG02NとClauss法の差は平均17mg/dL程度ですが、フィブリノゲン値によらず100mg/dL以上ずれる例もあり、背景には妊娠に伴う凝固因子活性の上昇とヘマトクリット補正のずれがあります(Nakamura 2023)。乾式装置の値は、絶対量として受け取るより、150mg/dLを下回るか否かの閾値判定として用います。測っている対象も違います。乾式装置はフィブリノゲンを直接測る一方で線溶は捉えず、粘弾性検査は線溶を含めて波形で見ますが、高ヘマトクリット・高血小板のもとでは低フィブリノゲンを過小評価しうる(Hayakawa 2015)。両者は競合ではなく、役割が分かれます。

粘弾性検査の診断的な価値は確かで、FIBTEM A5(ROTEMのフィブリノゲン機能評価チャンネルで、凝固開始5分後の血餅硬度)はフィブリノゲンと高く相関し、1.5g/L未満の低フィブリノゲン血症を高い感度で検出します(Katz 2024)。前向きの観察でも、出血が進行する症例をFIBTEM A5が早期に捉えました。ただし、粘弾性検査でガイドした輸血が母体の重要な転帰を改善すると、検出力をもって示したランダム化比較試験は、まだありません。小規模な無作為化試験はあるものの、主要評価項目で有益性は示されておらず、関連する試験(55例)でも同様でした(Katz 2024/Cox 2026)。止血を測ること自体は国際的にも推奨されており、ISTH 2016はClauss法または粘弾性検査(POCT)のいずれでもよいとしています。ただし粘弾性検査をルーチンに用いるかは専門家団体で評価が分かれます。乾式装置についても、報告されているのは「速く正確に測れる」までで、「測れば転帰が良くなる」ことは示されていません(Nakamura 2023)。どの値まで下がったら補えば転帰が良くなるか——補う閾値そのものもランダム化比較試験では決着しておらず、測定に基づく標的補充が母体の重要な転帰を改善するかを問う大規模試験が現在進行中です(Cox 2026)。

測定は、それ自体が転帰を変える介入ではありません。ただ、速く正確に測れることが、経験的な補充に頼らず、必要な患者に必要なだけ補う余地をつくります。次に問われるのは、目の前の凝固障害が『どの型』か——その手がかりが、線溶亢進の有無です。

§3 線溶亢進があるかで分ける ― 日本のDICスコア改訂が示していること

日本の産科DIC診断基準は2024年に改訂され、産科ガイドライン2026もこれを採用しました。改訂で中心に据えられたのは、線溶亢進の所見を診断の必須要件としたことです。

この改訂基準を、日本のデータで検証した研究があります。横浜の単施設で一次分娩後出血172例を解析したところ、改訂基準でDICと診断された群では、重症の母体転帰が有意に多く認められました(55%対24%、相対リスク2.27。Takahashi 2026)。ただし、同じ研究は別の事実も示しています。重症群と非重症群を実際に分けていたのは、フィブリノゲンでした(提示時163対241mg/dL、p<0.001)。一方、線溶マーカーであるフィブリン・フィブリノゲン分解産物(FDP)やDダイマーには、両群で有意差がありませんでした(FDP 85.6対32.4μg/mL、p=0.61/Dダイマー 11.2対9.5μg/mL、p=0.083。Takahashi 2026)。

ここに、この基準の設計思想が現れます。線溶亢進を必須要件にすると、フィブリノゲンが著しく低くても線溶亢進を伴わない症例は、スコア上は産科DICに分類されません。これは希釈性の凝固障害で起こりえます——凝固因子は減っても、FDPやDダイマーは正常域にとどまることがあるためです。著者はこれを設計上の帰結として明示し、そうした症例もなお集中的な管理を要しうる、と述べています(Takahashi 2026)。この基準は、早剥・羊水塞栓・非凝固性の出血といった線溶亢進型のDICを捉えるために設計されており、希釈性の凝固障害はその設計の外にあります。

だからこそ、原典は基準と迅速なフィブリノゲン測定の併用を求めます。フィブリノゲンは大量出血でしばしば最初に危機的な低値に達する因子であり、その値を速く正確に測って主たる指標に置く(§2)。産科DICスコアは、基礎疾患を枠づけ、線溶亢進型かどうかを判別する枠組みとして併用する——単独ではなく組み合わせて用いる、というのが著者の立場です(Takahashi 2026)。

線溶亢進型のなかでも、原因ごとに像は異なります。羊水塞栓症では、失血で説明できるより早く凝固障害が現れ、出血量に不釣り合いに重いDICを呈します(羊水塞栓症の研究用診断基準も、これを要件の一つとします。Clark 2016)。常位胎盤早期剥離では、低フィブリノゲン血症が前面に出ます。母体安全への提言は、これを「消費性凝固障害が進行する」と表現します(Takahashi 2026/母体安全への提言)。

線溶亢進の有無で凝固障害の「型」を分ける軸と、フィブリノゲンで「重症度」を分ける軸は、別の軸です。そして線溶が前面に出る出血には、それを抑える手立てがあります——次章の早期トラネキサム酸です。

§4 早期TXAは、大規模試験で裏づけられている

§3で見た線溶亢進型の出血には、線溶そのものを抑える手立てがあります。トラネキサム酸(TXA)です。この回で扱う新しい選択肢の多くが「有望だが未証明」にとどまるなか、早期のトラネキサム酸は、母体の転帰を改善することが大規模試験で確かめられた数少ない介入です。ただし、何を改善するのかは正確に見る必要があります。

2万60例を組み入れたWOMAN試験は、分娩後出血に対するトラネキサム酸が出血による死亡を減らすことを示しました(相対リスク0.81、95%信頼区間0.65–1.00。WOMAN Trial 2017)。効果は投与の早さに依存し、出生から3時間以内では相対リスク0.69、3時間を超えると有効性は示されませんでした。一方で、主要評価項目である「死亡または子宮摘出」の複合には有意差がなく(相対リスク0.97)、全死亡(同0.88)も子宮摘出も減っていません。減ったのは出血死と、止血のための開腹術(同0.64)でした。血栓塞栓症の増加を示す所見はありませんでした。

この「3時間」を、効果が切れる境界と読むのは正確ではありません。外傷出血のCRASH-2試験とWOMAN試験の個票を統合した解析では、トラネキサム酸の効果は投与が15分遅れるごとに約10%ずつ連続的に減衰しました(あわせて4万138例。Gayet-Ageron 2018)。効果が消える時点は、推定の仕方により幅があります——統計的な有意性が失われるのが135分、点推定でも効果が見えなくなるのが180分、感度分析では200分です。著者は「効果のある・なしが切り替わる階段状の関数は生物学的にありえない」と明記し、遅延を連続変数として扱っています。3時間は、この連続的な減衰曲線から引かれた実務上の線であって、そこで効果が突然ゼロになる境界ではありません。

もう一点、産科では時計の起点が問題になります。この解析では、投与の遅れを分娩(出生)から無作為化までの時間として測っています(Gayet-Ageron 2018)。WHOも2025年のガイドラインで、3時間の起点を出生時とすることを明記し、経腟・帝王切開いずれの分娩後出血に対しても、標準的な処置に加えて出生から3時間以内の静脈内投与を推奨する立場です(WHO 2025・Recommendation 27)。投与量はWOMAN試験に準じ、1gを静脈内に投与し、30分後も出血が続く場合、または24時間以内に再出血した場合に2回目の1gを加えます。なお、ここで確立しているのは出血に対する治療としての投与であり、予防投与とは区別されます。

早期トラネキサム酸は、この回で最も確かな介入のひとつです。ただし要点は「早く」にあります。効果は時間とともに連続して減衰し、遅れれば失われます。この確実性は、次章以降で見る「有望だが、まだ証明されていない」選択肢とは質が異なります。

§5 有望だが、まだ証明されていない

§4で見た早期トラネキサム酸とは対照的に、ここからは「有望だが、まだ証明されていない」選択肢を見ます。ガイドラインの先で次々に紹介される新しい製剤や輸血法は、実務で試す価値がある一方、母体の転帰を改善すると確かめられたものは、まだ多くありません。

まず、これらに共通するのは、子宮摘出のような母体の重要な転帰を改善したと示せた研究がまだなく、無作為化比較試験でもその改善は確認されていない、という点です。有望さを支えるのは、小規模で確実性の低い無作為化試験のシグナルと、交絡を残す後ろ向きの報告です。早期のフィブリノゲン補充では、その手段のひとつであるクリオプレシピテート(新鮮凍結血漿から調製する、フィブリノゲンなどの凝固因子に富む血液製剤)を妊娠高血圧腎症の重症出血に早期投与した群で、総出血量と赤血球輸血量が少なくなりました(2,285対3,825mL、6対16単位。Nakajima 2023)。ただし対照は導入前の時代であり、投与前フィブリノゲンは両群とも大半が1.5g/Lを上回る——欠乏していない集団への経験的投与でした。回収式自己血輸血では、止血目的の輸血が粗解析では減らず(42.0対52.2%、p=0.23)、多変量調整後にはじめて有意になりましたが、同時期に導入された粘弾性検査の効果と切り分けられません(癒着胎盤136例。Levy 2026)。全血輸血は、南インドの報告で一次分娩後出血のほぼ全例に用いられていましたが、対照群がなく因果は問えません(Nair 2026)。

薬剤についても、証明されたものとそうでないものを選り分けます。遺伝子組換え第VIIa因子は、標準治療に反応しない出血で侵襲的処置を減らしうるものの、子宮摘出や出血量を減らすことは示されておらず、血栓リスクを伴います。プロトロンビン複合体製剤は、臨床試験以外では推奨されていません(いずれもISTH 2016)。アンチトロンビンも、出血の治療そのものには用いません。日本では妊娠に関連したDICにアンチトロンビンが使われますが、産科ガイドライン2026(CQ416-2)は、アンチトロンビン製剤について「出血傾向を助長する可能性があり、臨床的にその有効性を示したエビデンスはない」としています。

§5で見た選択肢は、いずれも有望さと未証明のあいだにあります。では、これらを日本のガイドラインはどう位置づけているのか。最後に、産科ガイドライン2026を重ねます。

§6 産科ガイドライン2026 を重ねる

ここまで、原典にあたって五つのことを見てきました。フィブリノゲンを速く正確に測ること(§2)、線溶亢進の有無で凝固障害の型を分けること(§3)、経験的な補充に有益性は示されていないこと(§1)、トラネキサム酸は早く使うこと(§4)、そして未証明の選択肢は選り分けること(§5)。これらは、実は日本の産科ガイドライン2026と母体安全への提言が、すでに枠組みとして持っているものです。最終回の問い——ガイドラインの先の「最善」とは何か——に、ここで答えます。

産科ガイドライン2026は、分娩後異常出血が持続する状況で、ショックインデックス1.5以上、非凝固性の分娩後異常出血・乏尿・末梢冷感・バイタルサインの異常、産科DICスコア8点以上、または単独でフィブリノゲン150mg/dL未満のいずれかが認められた場合に、産科危機的出血を宣言するとしています(産科ガイドライン2026・CQ416-2)。フィブリノゲンを速く測ること(§2)と、産科DICスコアで基礎疾患を枠づけること(§3)は、宣言の要件そのものです。母体安全への提言も、早くから「産後の過多出血では、フィブリノゲンの迅速な測定が有用である」としています(母体安全への提言 Vol.6)。トラネキサム酸については、ガイドラインは予防投与を推奨せず、止血困難な出血に対してのみ早期の投与を考慮する——WOMAN試験が示した「予防でなく治療で早く」(§4)と一致します。輸血の比率についても同じです。ガイドラインの掲げる新鮮凍結血漿と赤血球の1:1以上という比率は、測る間もない大量出血の初動を支える枠であり、フィブリノゲンを測定に基づいて補う(§2)という軸と併存します。

製剤の備えも同じです。日本ではフィブリノゲン濃縮製剤が2021年に保険適用となり、原則としてフィブリノゲン150mg/dL未満で投与するとされています(Nii 2024)。その使用は特定の施設に限られていますが、その理由は、先天性低フィブリノゲン血症用の製剤の配分が不足する懸念と、副作用防止のために投与前のフィブリノゲン値の評価を求めることの二つです(Nii 2024)。保険適用の前後で、フィブリノゲン濃縮製剤を用いる施設は51.5%から78.6%に増え、赤血球10単位以上の輸血を要した症例は36.8%から29.8%へ、肺水腫は3.7%から2.0%へと減りました(Nii 2024)。ただし、これらの転帰の改善は保険適用前後の比較であり、因果の証明ではなく関連としての記述です。

では、これらの枠組みがあってなお、何が転帰を分けるのか。日本の産科危機的出血による死亡の割合は、2010年の約28%から2019年には5%まで下がり、2020年以降ふたたび増えて2024年には24%になりました(母体安全への提言 Vol.15)。委員会はこの低下を、提言の周知と、2015年に発足した日本母体救命システム普及協議会(J-CIMELS)によるシミュレーション研修の展開に伴う管理の向上に帰しています(因果の証明ではなく、関連としての記述です)。そして近年の再増加の要因として、胎盤早期剥離と周術期管理に関連した出血を挙げ、なかでも胎盤早期剥離による過去の死亡例の再解析から、低フィブリノゲン血症に代表される凝固異常の診断の遅れと、凝固因子補充の後手を指摘しています。つまり、枠組みはすでにあり、問われているのはそれをどう実装するかです。

ガイドラインの先の「最善」は、新しい製剤や輸血法を加えることではありませんでした。原典にあたって、最新のエビデンスが示していたのは、速く測り、線溶亢進の有無で分け、経験的な補充には有益性が示されていないと確かめ、トラネキサム酸は早く、そして未証明のものは選り分ける——という、すでにある枠組みを丁寧に使うことです。これが、この連載の最終回の結論です。

この連載について

本連載『分娩後出血の見取り図』(全8回)の各回の要旨・図表アーカイブ・参考文献は、公開リファレンスサイト https://obstetric-strategist.com にまとめています(本文は theLetter で全文無料)。連載全体を一望し、図表や原典に当たる入り口としてご利用ください。他の連載もこちらから一覧できます。

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参考文献

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  • 日本産婦人科医会 妊産婦死亡症例検討評価委員会. 母体安全への提言 Vol.6(2015)・Vol.9(2018)・Vol.15(2024)

付録:略語一覧

  • PPH(postpartum haemorrhage):分娩後出血

  • FFP(fresh frozen plasma):新鮮凍結血漿

  • TACO(transfusion-associated circulatory overload):輸血関連循環過負荷

  • TRALI(transfusion-related acute lung injury):輸血関連急性肺障害

  • 回収式自己血輸血(cell salvage):手術中に術野へ出た血液を回収・洗浄し、赤血球を患者本人に戻す方法

  • AOC(acute obstetric coagulopathy):急性産科性凝固障害

  • DIC(disseminated intravascular coagulation):播種性血管内凝固

  • CG02N:乾式フィブリノゲン測定装置(ドライヘマトロジー方式のポイントオブケア検査機器)

  • TEG(thromboelastography)/ROTEM(rotational thromboelastometry):粘弾性検査

  • FIBTEM A5:ROTEM のフィブリノゲン機能評価チャンネルで、凝固開始5分後の血餅硬度

  • FDP(fibrin/fibrinogen degradation products):フィブリン・フィブリノゲン分解産物

  • TXA(tranexamic acid):トラネキサム酸

  • HELLP症候群(hemolysis, elevated liver enzymes, low platelets):溶血・肝酵素上昇・血小板減少

  • J-CIMELS(Japan Council for Implementation of Maternal Emergency Life Support System):日本母体救命システム普及協議会

  • FIGO(International Federation of Gynecology and Obstetrics):国際産科婦人科連合

  • RCOG(Royal College of Obstetricians and Gynaecologists):英国王立産婦人科学会

  • ISTH(International Society on Thrombosis and Haemostasis):国際血栓止血学会

  • ACOG(American College of Obstetricians and Gynecologists):米国産婦人科学会

  • WHO(World Health Organization):世界保健機関

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