分娩後出血の見取り図 ― 第3回:原因と、予測の限界
本連載は産婦人科専門医が執筆しています。頻出する略語は記事末尾の付録にまとめ、本文では初出時に展開します。
結論(忙しい先生へ)
PPHの原因は、その約7割が子宮弛緩(uterine atony)です(70.6%)。 ただし出血が止まらず重症化する局面では、弛緩の相対的な割合は下がり(41.4%)、複数の原因が同時に併存する例が増えます(7.8%→27.4%)。原因を事前に1つへ絞り込めないことが、原因を問わない一連の初期対応の根拠になります(Yunas 2025)。
リスク因子のオッズ比(前回PPH 3.17倍、生殖補助医療 2.40倍など)は「関連の強さ」であって、個人を予測する精度ではありません。 一般の産科集団で使える、検証済みの予測モデルは、いまだ存在しません(Neary 2021・Carr 2022)。
機械学習でさえ——内部の検証でC統計量0.93という高い識別能を示したモデルが、外部の検証では大きく低下します。 別の施設で、客観的な出血量計測(quantitative blood loss:QBL)を用いて外部検証したところ、最良でも0.57まで下がりました(Venkatesh 2020 → Meyer 2024)。臨床に実装されたPPH予測モデルは、まだ一つもありません。
だから、個人の出血リスクを精度よく予測しようとするより、全分娩を起点に備える方が理に適います。 日本のガイドライン(産科ガイドライン2026)も「PPHの大半は分娩前の予測が困難」と明記し、全分娩への予防を採っています。層別化を捨てるのではなく、全分娩を起点に備え、高リスクには予防を強める——という組み合わせが基本です。
原因の多くは子宮弛緩——だが「1つに絞れない」
「出血を予測できるか」の前に、「何が原因か」——原因の内訳から始めます。原因の頻度をもっとも網羅的に統合したのは、327の研究を集めたメタ解析です(Yunas 2025)。
PPHの原因のうち、もっとも多いのは子宮弛緩で、その割合は70.6%(95%CI 63.9〜77.3%、14研究)に達します。 以下、産道外傷16.9%、胎盤遺残16.4%、異常胎盤3.9%、凝固障害2.7%と続きます。臨床で広く使われる分類「4つのT(Four Ts)」——Tone(子宮収縮不良)・Trauma(産道外傷)・Tissue(胎盤遺残)・Thrombin(凝固障害)——に当てはめると、Tone(弛緩)が抜きん出て多いことになります。これが、WHOが全分娩に予防的な子宮収縮薬を勧める根拠になっています。
ところが、ここに一つ、対応を左右する事実があります。出血が止まらず重症・難治となった症例では、子宮弛緩の割合は41.4%(34.9〜47.9%)まで下がり、複数の原因が併存する割合が7.8%から27.4%へと上昇します。 弛緩は「最初に起きる最多の原因」ですが、初期対応(子宮収縮薬・圧迫)が弛緩を標的にするため、それでも止まらない局面では、弛緩以外の原因や、複数原因の併存が前面に出てきます。原因を事前に1つに絞れない——だからこそ、原因を問わない一連の初期対応が意味を持ちます。それをどう組み立てるかは、第5回で扱います。
では、リスク因子で、個人の出血リスクを推定できるでしょうか。同じメタ解析は、調整オッズ比(交絡を調整したOR)として、前回PPH 3.17倍(2.42〜4.16、4研究)、生殖補助医療(assisted reproductive technology:ART)2.40倍(2.08〜2.76、16研究)、前置胎盤 3.10倍(4研究)、貧血 2.36倍、妊娠高血圧腎症 1.54倍(1.48〜1.60、3研究)などを報告しています。
ただし、これらの数字の読み方には注意が要ります。第一に、オッズ比は「関連の強さ」であって、「予測の精度」ではありません。 強い関連を示す因子でも、その頻度が低ければ、拾えるのはPPH全体のごく一部にとどまります。第二に、報告されるオッズ比は調整済みと未調整(crude)が混在し、単一の研究のみに由来するものも少なくありません(たとえば多胎の5.86倍は1研究、帝王切開の5.18倍も1研究です)。数字を引くなら、複数の研究で頑健なもの(前回PPH・ART・前置胎盤)に絞り、研究数を併記して読む必要があります。そして第三に——このメタ解析は、リスクスコアの感度・特異度・AUC(曲線下面積)といった予測性能を、そもそも提供していません。 原因の頻度とリスク因子の関連を、別々に算出した記述的な統合だからです。「予測できるか」を問うには、別の研究群が要ります。
予測モデルは、まだ臨床応用できない
その「別の研究群」——PPHの予測モデルそのものを評価した系統的レビュー——は、二つあります。
一つは14個の予測モデルを検討したレビューです(Neary 2021)。結論は、「臨床応用の可能性がある」とされたのは14個のうち3個のみ。しかもその3個は、いずれも帝王切開・癒着胎盤・前置胎盤という特殊な集団に限られたモデルでした。 一般の産科集団で使える、検証済みのツールは無い、というのが著者の結論です。もう一つのレビューは16の研究を評価し、「臨床応用の準備ができた予測モデルは存在しない」と結論しています(Carr 2022)。16のうち外部検証を経ていたのはわずか2つで、すべての研究が「バイアスのリスクが高い」と評価されました。
ここで注意が要ります。これらの予測モデルの識別能(AUC)は、Nearyが報告する範囲で0.70〜0.9——けっして「低い」わけではありません。 中等度から良好の範囲です(Carrの検証コホートでも同様の水準です)。問題は識別能の低さではなく、検証が足りないことにあります——多くが後ろ向きで、特殊な集団に限られ、出生体重や胎盤重量のように「予測したい時点ではまだ分からない変数」に依存し、一般集団へ外挿できない(Carr 2022)。だから、AUCの数字が良く見えても、そのまま臨床応用できるモデルは無い、ということです。
AIでも——内部の高い識別能は、外部では再現されない
では、機械学習(machine learning)を使えば、この限界を越えられるのでしょうか。ここに、一つの例があります。
米国の大規模データベース(Consortium for Safe Labor、2002〜2008年・約15万分娩)を用いて、分娩入院時にPPHを予測するモデルが開発されました(Venkatesh 2020)。予測の的(エンドポイント)は、目分量で推定した出血量(estimated blood loss:EBL)が1,000 mL以上のPPH——米国産科婦人科学会(American College of Obstetricians and Gynecologists:ACOG)の標準定義に沿った設定です。
使われたのは勾配ブースティング(extreme gradient boosting)という手法です。これは、たとえば「前置胎盤があるか→貧血があるか→多胎か」といった臨床の条件を枝分かれにたどってリスクを見積もる「決定木」を、多数組み合わせるものです。決定木は一本では大まかな予測しかできませんが、前の木が取りこぼした例を次の木が補うように積み重ねることで、精度を高めます。その識別能は、C統計量(C-statistic:識別能の指標。二値の予測ではAUCと同じもの)0.93(95%CI 0.92〜0.93)——「優秀」と呼べる水準でした。
ただし、これは同じデータベースの中での成績です。時期や施設をまたいで検証してはいますが、別の医療機関・別の測定法へ移せるかまでは試していません。開発した著者自身も、「正確に予測できることが、ケアの変化やより良い転帰を必ずもたらすとは限らない」と書き添え、あくまで概念実証(proof of concept)であり前向きの検証が要る、と結んでいます。
その外部検証が、後に別の施設で行われました(Meyer 2024)。同じモデルを、別の大学病院の新しいコホート(およそ5,300例・2019〜2020年)に当てはめたのです。ここでは出血量を、目分量ではなく客観的な計測(QBL)で確定していました。結果、内部で0.93だった識別能は、外部検証では最良でも0.57まで低下しました。 同じ勾配ブースティングモデルを、その新しいコホートのデータで学習し直しても、0.62までしか回復しませんでした。

図1 内部の高い識別能は、外部の検証では再現されない。 同一の勾配ブースティング(extreme gradient boosting)モデルの識別能(C統計量/AUC)。開発研究の内部検証では0.93だが、別施設・客観計測(QBL)での外部検証では0.57まで低下し、そのデータで学習し直しても0.62にとどまる(開発=Venkatesh/外部検証=Meyer)。横棒=95%信頼区間。破線(0.5)は偶然(コイン投げ)と同じ、識別能のない水準を示す。
なぜこれほど下がったのか。最大の理由は、出血量の測り方が目分量(EBL)から客観計測(QBL)へ変わったことにあります。閾値は同じ1,000 mLのままでも、客観計測は、目分量では見逃されていた軽症の出血まで拾います(目分量を用いた開発コホートではPPHの頻度は4.8%、客観計測を用いたこの外部検証コホートでは25%でした——集団の違いもありますが、測り方の影響が大きいと著者は見ています)。予測すべき対象が「重症の出血」から「軽症も含む出血」へ移れば、同じモデルでも当てにくくなる——これは「データセットシフト(dataset shift)」と呼ばれる現象で、ベースラインのリスク差だけでは説明がつかない、と著者は述べています。
ちなみに、単施設で280もの変数を使い、AUC 0.979という際立った成績を報告したモデルもあります(Westcott 2022)。ただしこれは、一つの施設のデータを内部で分割して試した成績で、別施設で検証したものではありません。内部でどれだけ高くても、別の施設・別の測定法で確かめるまでは分かりません——0.93が0.57まで下がったのが、その実例です。高い内部成績それ自体は、外部で通用する保証にはなりません。臨床に実装されたPPH予測モデルが世界のどこにも無いという現在地は、Westcott一本ではなく、二つの系統的レビュー(Neary・Carr)と、外部検証で識別能が大きく下がったこと(Venkatesh→Meyer)が、そろって指し示すものです。
なぜ予測が難しいのか——不確実性の構造
ここまでを、少し引いて整理します。「AIでも予測できない」という結論は、AIモデルの性能不足だけで説明できるものではありません。予測を難しくしている構造が、いくつも重なっているからです。
第一に、内部で高い識別能は、外部で使えることを意味しません。 内部検証は同じ集団の中での成績で、別の施設・別の時代・別の測定法に移すと、しばしば大きく落ちます。予測モデルの評価において、外部検証は欠かせません。
第二に、AI予測研究のレビューは「治療のパラドックス(treatment paradox)」と呼ばれる現象を指摘しています(Mathewlynn 2025)。高リスクと見なされた妊婦には、予防や早期対応がより強く行われます。その結果、本来なら出血したはずの人が出血せずに済む。すると、その因子は「予測が外れた」ように見え、モデルは真のリスクを過小評価しかねません。
第三に、「何をもってPPHとするか」の定義しだいで、予測の対象そのものが変わります。 第3回の前半で見たように、同じ出血でも、目分量なら見逃されていた軽症が、客観計測では拾われます。どの量で、どう測ってPPHと呼ぶか——それが変われば、モデルの予測対象も変わり、モデル同士を比べることも難しくなります。
つまり、出血は多くの因子が絡む事象であり、客観的に測れば軽症まで拾われ、備えの有無が結果を左右する。個人の出血リスクを事前に高い精度で見積もることは、この構造のもとでは——少なくとも今は——難しい。それが、複数のレビューとAIの外部検証が、そろって示す現在地です。
日本の現在地と、備え方
この「予測は難しい」という結論は、国際的なエビデンスに限った話ではありません。日本のガイドライン(産科ガイドライン2026・CQ416)も、「PPHの大半は分娩前の予測が困難であり、母体死亡を防ぐためには急変時の対応に習熟する必要がある」と明記しています。予測に頼るのではなく、起きたときに動けるように備える——この結論において、日本のガイドラインと国際的なエビデンスは一致しています。
なお、原因の内訳について、日本のガイドラインは4つのTを Tone 70%・Trauma 20%・Tissue 10%・Thrombin 1% という丸めた割合で示しています。本稿の前半で引いた一次の統合値(Yunas 2025。弛緩70.6%・外傷16.9%・遺残16.4%・凝固2.7%)とは数字が異なりますが、これはガイドラインが提示する概略値であり、傾向(弛緩が最多)は一致しています。
では、「予測が難しい」なら、リスク因子は無意味なのでしょうか。そうではありません。強いリスク因子は、個人を確実に選り分ける力は弱くても、説明と準備には十分に役立ちます。 たとえば前回PPHの既往があると、次の妊娠でPPHを繰り返す頻度は15%(既往がない場合の3.0倍)、2回の既往があれば27%(6.1倍)と報告されています(産科ガイドライン2026が引用)。
要するに、備え方は「どちらか」ではなく「両方」です。全分娩を起点に予防と早期対応の体制を整え、その上で、強いリスク因子を持つ妊婦には備えを一段強める。 日本のガイドラインも、分娩第3期の全例管理と、PPHの既往がある妊婦への次回高次施設分娩を勧めています。
第3回で見てきたのは、個人の出血リスクを事前に精度よく予測することの難しさでした。次回は、その「備える」の中身——分娩時の予防、なかでも日本のガイドラインにまだ載っていないカルベトシンと、トラネキサム酸の予防投与をめぐる層別——に進みます。
本連載の各回の要旨・図表アーカイブ・参考文献は、公開リファレンスサイト obstetric-strategist.com にまとめています(本文は theLetter で全文無料)。連載全体を一望し、図表や原典に当たる入り口としてご利用ください。
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付録:本稿で頻出する略語・用語
PPH — postpartum haemorrhage(分娩後出血)
AUC — area under the curve(ROC曲線下面積。識別能の指標。C統計量と同義)
OR/aOR — odds ratio/adjusted odds ratio(オッズ比/調整オッズ比)
CI — confidence interval(信頼区間)
QBL/EBL — quantitative/estimated blood loss(客観的な計測/目分量による推定)
ART — assisted reproductive technology(生殖補助医療)
Four Ts — Tone・Trauma・Tissue・Thrombin(PPHの4つの原因分類)
勾配ブースティング(gradient boosting) — 決定木(臨床の条件分岐をたどってリスクを見積もる予測ルール)を多数組み合わせ、前の木の誤りを次の木が補うように積み重ねて精度を高める機械学習手法。extreme gradient boosting(XGBoost)はその代表的な実装。
C統計量(C-statistic) — 識別能(リスクの高い人と低い人を当て分ける力)の指標。二値の予測ではAUCと同じ。
参考文献
Yunas I, Islam MA, Sindhu KN, et al. Causes of and risk factors for postpartum haemorrhage: a systematic review and meta-analysis. Lancet 2025;405:1468–1480. PMID: 40188841
Neary C, Naheed S, McLernon DJ, Black M. Predicting risk of postpartum haemorrhage: a systematic review. BJOG 2021;128:46–53. PMID: 32575159
Carr BL, Jahangirifar M, Nicholson AE, et al. Predicting postpartum haemorrhage: a systematic review of prognostic models. Aust N Z J Obstet Gynaecol 2022;62:813–825. PMID: 35918188
Venkatesh KK, Strauss RA, Grotegut CA, et al. Machine learning and statistical models to predict postpartum hemorrhage. Obstet Gynecol 2020;135:935–944. PMID: 32168227
Meyer SR, Carver A, Joo H, et al. External validation of postpartum hemorrhage prediction models using electronic health record data. Am J Perinatol 2024;41:598–605. PMID: 35045573
Westcott JM, Hughes F, Liu W, et al. Prediction of maternal hemorrhage using machine learning: retrospective cohort study. J Med Internet Res 2022;24:e34108. PMID: 35849436
Mathewlynn SJ, Soltaninejad M, Collins SL. Artificial Intelligence and Postpartum Hemorrhage. Maternal-Fetal Medicine 2025;7(1):22–28. PMID: 40620613
日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン産科編2026. CQ416-1(分娩後異常出血の予防ならびに対応). 2026:268–272.
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