不育症の見取り図 第5回(最終回):より積極的な治療と、実践への統合
第5回(最終回):より積極的な治療と、実践への統合
第1回から第4回までで、不育症の精査で「見つかる」ものを、三つの見分け――それは流産の原因なのか/治療で生児が増えるのか/変わるのは流産率という代理指標か、生児という真のエンドポイントか――で整理してきました。三つを最後まで満たしたのは、抗リン脂質抗体症候群(APS、antiphospholipid syndrome)だけでした(第2回・第3回)。ただし、その APS でさえ、治療がどこまで効くかにも、その効果を支えるエビデンスの確実性にも、限界がありました。一方、遺伝性血栓性素因と甲状腺自己抗体は、流産との関連はあっても、治療で生児が増えることはありませんでした(第4回)。
最終回で扱うのは、二つです。一つは、不育症の治療として試みられてきた介入――免疫療法、プロゲステロン、ステロイド、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG、human chorionic gonadotropin)――を、ランダム化比較試験がどう検証してきたかです。もう一つは、流産率を下げても生児を増やさない着床前遺伝学的検査と、観察研究で見込まれた効果がランダム化比較試験で再現しない子宮中隔の手術です。最後に、第1回からの所見を見渡し、連載を締めくくります。
本稿で頻出する略語は末尾の付録にまとめます。本文では各略語を初出時に展開します。
結論(忙しい読者へ)
不育症には、様々な治療が提案されてきましたが、その多くは、ランダム化比較試験で生児を増やしませんでした。 免疫療法は、20の試験・1,137人で生児率を改善しませんでした(夫リンパ球免疫のオッズ比 1.23〔95%信頼区間 0.89〜1.70〕など、すべての信頼区間が1をまたぐ、Cochrane CD000112)。プロゲステロンも、出血のない不育症では生児率に差はありませんでした(69.0% 対 66.0%、相対危険度 1.04〔0.96〜1.12〕、中等度の確実性、Cochrane CD003511)。ESHRE(European Society of Human Reproduction and Embryology、欧州ヒト生殖医学会)と日本の提言(2025)は、リンパ球免疫療法も、出血を伴わない不育症へのプロゲステロンも、推奨していません。
なかには、生児を増やさないだけでなく、別のリスクを高めた介入もありました。 自己抗体をもつ反復流産の女性にプレドニゾロンとアスピリンを投与した試験では、生児率は上がらず(65% 対 56%、有意差なし)、むしろ早産が大きく増えました(62% 対 12%、Laskin 1997)。
夫婦染色体構造異常への着床前遺伝学的検査(PGT-SR、preimplantation genetic testing for structural rearrangements)は、流産率を大きく下げても、最終的に児を得る累積生児率は変わりませんでした(流産率 24% 対 65.3%、累積生児率 60% 対 68%、Li 2022)。 子宮中隔の手術も、長く有効と信じられてきましたが、初めてのランダム化比較試験では生児率を改善しませんでした(31% 対 35%、Rikken 2021)。
検査も治療も、たった一つの問いに収束します――「累積生児(最終的に児を得る確率)が増えるか」。
免疫・ホルモン・炎症への介入 ― いずれも、生児を増やさなかった
不育症の治療として、これまで様々な介入が試みられてきました。流産の背景に免疫の異常やホルモンの不足、過剰な炎症を想定し、それぞれを補ったり抑えたりする治療です。しかし、対照群を置いたランダム化比較試験では、生児を増やす効果は確かめられませんでした。
免疫療法 ― 「異物への過剰反応を慣らす」という仮説
免疫療法は、「流産は、母体の免疫系が胎児を“異物”として攻撃するために起こる」という仮説から生まれました。母体を将来の妊娠の“異物”に慣らそうとする治療で、夫やドナーの白血球(リンパ球)の注射、初期胚由来のトロホブラスト膜、血液由来の抗体(静注免疫グロブリン、IVIG、intravenous immunoglobulin)などが試みられてきました。
コクラン・レビュー(CD000112)は、これら四種類の免疫療法を検証した20の質の高い試験(1,137人)を統合しました。結果は、いずれも生児率を改善しませんでした――夫リンパ球免疫でオッズ比 1.23(95%信頼区間 0.89〜1.70、12試験641人)、第三者ドナー細胞免疫で 1.39(0.68〜2.82、3試験156人)、トロホブラスト膜輸注で 0.40(0.11〜1.45、1試験37人)、静注免疫グロブリンで 0.98(0.61〜1.58、8試験303人)。すべての信頼区間が1をまたぎ、差がありません。著者らの結論は、「夫リンパ球免疫、第三者ドナー白血球、トロホブラスト膜、静注免疫グロブリンは、いずれもプラセボを上回って生児率を改善する有意な効果をもたない」でした。ESHRE も、リンパ球免疫療法を不育症に用いないよう推奨しています(強い推奨)。日本の提言(2025)も、夫リンパ球免疫を推奨していません。
ただし、静注免疫グロブリンには一つ留保が残ります。この 2014 年のコクラン・レビューは全体として効果を認めませんでしたが、その後、原因不明の難治例(4 回以上の流産)に高用量の免疫グロブリンを妊娠のごく初期から投与した、日本で実施されたランダム化比較試験で、生児率の上昇が報告されました(ただしプラセボに比べ早産・胎児発育不全が多い傾向がありました)。ESHRE は 2022 年の改訂で、4 回以上の原因不明反復流産に限って高用量の免疫グロブリンが生児率を高めうると、条件付きで位置づけを改めています。免疫グロブリン全般の有効性が認められたわけではなく、適応はこの難治の一群に限られます。
プロゲステロン ― 「黄体ホルモンの不足を補う」という仮説
プロゲステロンは、着床に必要な子宮内膜の変化を起こすホルモンです。「反復流産の一因は、このホルモンの分泌不足ではないか」という仮説から、妊娠初期の補充が試みられてきました。
最新のコクラン・レビュー(CD003511、2025年更新)は、撤回された2試験を除外し、信頼性評価ツールで再検証したうえで、原因不明の反復流産(出血を伴う切迫流産や体外受精は除く)を対象とした試験を統合しました。生児率は、プロゲステロン群 69.0%、プラセボ・無治療群 66.0% で、ほとんど差がありませんでした(相対危険度 1.04、95%信頼区間 0.96〜1.12、5試験1,063人、中等度の確実性)。流産率にも差はありません(相対危険度 0.91、0.76〜1.07、中等度の確実性)。著者らは「原因不明の反復流産の女性に対し、プロゲステロン補充療法は、その後の妊娠転帰にほとんど効果をもたない」と結論しています。ESHRE も日本の提言(2025)も、出血を伴わない原因不明の反復流産にプロゲステロンを推奨していません(出血を伴う場合の例外は、次にふれます)。
ここで一点、混同を避ける必要があります。早期妊娠に出血があり、かつ過去に流産歴のある女性に限れば、腟プロゲステロンが生児をわずかに増やす可能性が報告されています(PRISM 試験の一部集団)。しかしこれは「出血という別の臨床状況」での話で、出血のない反復流産そのものへの効果とは区別されます。上記のコクラン・レビューが対象としたのは、出血を伴わない反復流産であり、そこでは効果が示されていません。
ステロイド ― 生児は増えず、早産が増えた
グルココルチコイド(ステロイド)は、ナチュラルキラー細胞の活性を抑えるなどの抗炎症作用をもちます。「過剰な免疫・炎症を抑えれば流産が減るのではないか」という仮説から試されました。
自己抗体(抗核抗体、抗DNA抗体、抗リンパ球抗体、抗カルジオリピン抗体、ループスアンチコアグラント)をもつ反復流産の女性202人を、プレドニゾロン(体重1kgあたり0.5〜0.8mg/日)+アスピリン群とプラセボ群に割り付けた試験があります(Laskin 1997)。生児率は、治療群65%、プラセボ群56%で、統計的な差はありませんでした(P=0.19)。一方で、治療群では早産が大きく増えました――早産児の割合は治療群62%に対しプラセボ群12%(P<0.001)。母体の合併症も、高血圧(13% 対 5%、P=0.05)と糖尿病(15% 対 5%、P=0.02)が有意に増えました。著者らの結論は、「自己抗体をもつ反復流産の女性をプレドニゾロンとアスピリンで治療しても生児は増えず、しかも早産のリスクを高める」でした。ESHRE も、原因不明あるいは免疫学的バイオマーカーをもつ反復流産に対して、グルココルチコイドを推奨していません(強い推奨)。日本の提言(2025)も、この Laskin 試験を引いて、プレドニゾロンによる治療は推奨しないとしています。
hCG ― 確かな効果は示されていない
ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)は、妊娠の成立に必須のホルモンです。初期に補って流産を防ぐことが期待され、試みられてきました。初期の系統的レビュー(4 試験 180 人、Scott & Pattison 2000)は流産リスクの低下を報告していましたが(オッズ比 0.26、95% 信頼区間 0.14〜0.52)、このレビューは後に取り下げられました。質を評価し直した後継のコクラン・レビュー(5 試験 596 人、Morley 2013)では、全体ではいったん有意な低下がみられたものの、方法論的に弱い 2 試験を除くと、有意な低下は消えました(相対危険度 0.74、95% 信頼区間 0.44〜1.23)。著者らは「hCG を支持する証拠はなお決定的でなく、適切な検出力と質をもつ試験が必要」と結論しています。ESHRE も、hCG を推奨するだけの十分な証拠はないとしています。

図1 効果を期待して重ねられてきた主な介入と、その検証結果。免疫療法もプロゲステロンも、生児への効果は「差なし」の線(オッズ比・リスク比 1.0)をまたぐ。ステロイドは生児を増やさず、早産はむしろ増えた(Laskin 1997)。
要点:免疫療法(生児率を改善せず・ESHRE/提言 2025 とも推奨せず。ただし高用量の免疫グロブリンは 4 回以上の原因不明例に限り条件付きで見直されつつある)、プロゲステロン(出血のない不育症では生児率 69.0% 対 66.0%、相対危険度 1.04・中等度の確実性で差なし)、ステロイド(生児率は上がらず〔65% 対 56%〕、早産はむしろ増えた〔62% 対 12%、Laskin 1997〕)、hCG(質の高い試験では有意な効果が消え、推奨されない)。いずれも、想定された機序に向けた介入ですが、ランダム化比較試験では生児を増やしませんでした。
着床前遺伝学的検査と子宮中隔の手術 ― どちらも、生児を増やさなかった
前節の介入は、想定された機序に向けたものでも、生児を増やしませんでした。本節で扱うのは、次の二つです。一つは、治療が流産率を下げても、最終的に児を得る確率は変わらない場合。もう一つは、観察研究で見込まれた効果が、ランダム化比較試験では再現しない場合です。どちらも、流産率の改善や観察研究の印象だけでは判断できません。問うべきは、対照を置いた比較で、最終的に児を得る確率(累積生児)が増えたか、です。
流産率は下がるのに、累積生児は増えない ― 着床前遺伝学的検査
一つ目が、着床前遺伝学的検査(PGT-SR)です。夫婦のどちらかに染色体構造異常(均衡型転座など)がある場合、体外受精で得た胚の染色体を調べ、不均衡をもたない胚だけを選んで移植します。狙いは、不均衡な胚による流産を避けることです。
実際、流産率は大きく下がります。反復流産かつ夫婦染色体構造異常をもつカップルで、PGT-SR 群の流産率は24%、待機(自然妊娠を試みる)群は65.3%でした(オッズ比 0.15、95%信頼区間 0.04〜0.51、Li 2022)。代理指標である流産率だけをみれば、大きな改善です。
ところが、最終的に児を得る累積生児率は変わりませんでした――PGT-SR 群60%、待機群68%で、有意差はありません(オッズ比 0.55、95%信頼区間 0.11〜2.62、Li 2022)。著者らの結論は、「PGT-SR は累積生児率を増やさず、流産率を著明に下げた」でした。理由は、喪失の時期の違いにあります。不均衡な胚は、PGT-SR では移植前に選別され、「臨床的な流産」として数えられません。待機群でも不均衡な受精卵は早期に失われますが、自然妊娠を繰り返すうちに、最終的には同じ割合で児に到達します。つまり PGT-SR は、喪失の時期を臨床的な流産より前に移しているのであって、最終的に児を得る確率を上げているわけではありません。流産率という代理指標は下がっても、最終的に児を得る確率は変わりません。
これは、PGT-SR に意味がないということではありません。流産を繰り返す心理的負担や、流産処置の侵襲を避けたいという理由で選ぶことには、価値があります。けれども、「累積生児率を上げる治療」として位置づけるなら、それは代理指標と真のエンドポイントを取り違えることになります。

図2 夫婦染色体構造異常の不育症における着床前遺伝学的検査(PGT-SR)。流産率は大きく下がるが(24% 対 65.3%)、最終的に児を得る累積生児率は待機と変わらない(60% 対 68%、Li 2022)。流産率(代理指標)は下がっても、累積生児(真のエンドポイント)は変わらない。
観察研究が示した利益が、ランダム化比較試験で再現しない ― 子宮中隔の手術
二つ目が、子宮中隔の手術です。
子宮中隔は、子宮腔を隔てる先天的な構造異常です。中隔子宮の女性は、観察研究で流産・早産が多いことが繰り返し報告されてきました(2011年の系統的レビューでは、正常子宮に比べ臨床妊娠率が低く、流産率・早産率が高い)。構造の異常が目に見え、手術(子宮鏡下中隔切除)で「直せる」のですから、「切除すれば転帰が改善するはず」という確信は、長く揺るぎないものでした。世界中で、中隔は当然のように切除されてきました。
ところが、これを初めてランダム化比較試験で検証した研究(TRUST 試験、Rikken 2021)では、その確信を裏づける結果は得られませんでした。中隔子宮の女性を切除群と待機群に割り付けたところ、生児率は切除群12/39(31%)、待機群14/40(35%)で、差はありませんでした(相対危険度 0.88、95%信頼区間 0.47〜1.65)。それだけではありません。流産率はむしろ切除群で数値上多く(28% 対 13%、ただし有意ではない)、ほかの生殖転帰(継続妊娠、早産)も改善しませんでした。加えて、手術には子宮穿孔(39例中1例、2.6%)というリスクが伴いました。著者らの結論は、「子宮鏡下中隔切除は、中隔子宮の女性の生児率もその他の生殖転帰も改善しない」でした。観察研究が示した利益は、ランダム化比較試験で再現しなかったのです。
中隔切除は、PGT-SR とは異なる問題です。PGT-SR は「代理指標は下がるのに真のエンドポイントは変わらない」例でしたが、中隔切除は「観察研究で示された利益が、ランダム化比較試験で再現しない」例です。
要点:PGT-SR は流産率を大きく下げますが(24% 対 65.3%)、累積生児率は変わりません(60% 対 68%、Li 2022)――喪失の時期が前倒しになるだけで、最終的に児を得る確率は増えない、代理指標と真のエンドポイントの食い違いです(流産を避ける価値自体は否定されません)。子宮中隔の手術は、観察研究で有効と信じられてきましたが、初のランダム化比較試験では生児率を改善せず(31% 対 35%、Rikken 2021)、手術リスク(子宮穿孔2.6%)を伴いました――観察研究が示した利益が、試験で再現しなかった例です。
日本の血清マーカー ― 関連は示唆されるが、治療効果はまだ確立していない
ここまでの介入や検査は、国際的に決着のついた話です。一方、日本には、改定 APS 分類基準に含まれない「非基準(non-criteria)」の自己抗体があり、なお研究が続いています。「不育症管理に関する提言(2025)」は、これらを――リスク因子の可能性はあるが根拠は十分でない――「選択的検査」に位置づけています。
抗PE(フォスファチジルエタノールアミン)抗体は、初期流産を繰り返すタイプの不育症で陽性となりやすいと、複数の報告があります。ただし改定 APS 基準に含まれず、欧米ではほとんど測定されないため、エビデンスは限られます(提言2025)。
抗PS/PT(フォスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン)抗体は、妊娠合併症を扱ったシステマティックレビュー(7 論文・1,388 人)で平均オッズ比 10.6 と報告されています(提言2025)。抗リン脂質抗体症候群を疑う症例での測定意義は、国際的にも「研究段階を超えた」と総括されています(提言2025)。
ネオセルフ抗体(抗β2グリコプロテインI/HLA-DR複合体抗体)は、β2グリコプロテインI が HLA クラス II 分子と複合体をつくって生じる新生自己抗原に対する抗体で、日本のグループが提唱しました(Arase ら、Blood 2015)。不育症の 16.9% で陽性となり、母体年齢・BMI・喫煙歴を調整したオッズ比は 3.3(95%信頼区間 1.9〜5.6)です(提言2025/Tanimura 2023)。さらに、陽性の不育症女性を対象とした前向き観察研究で、低用量アスピリン±ヘパリンを受けた群の生児率は 87.2%、無投与群は 50.0% でした(Tanimura 2024)。
ただし、このネオセルフの治療データも、ランダム化比較試験ではありません――治療は主治医の裁量で割り付けられ、治療群 39 人に対し、無投与群はわずか 8 人です。中隔切除や着床前検査でみたのと同じく、関連が示唆されることも、コホートで良い結果が出ることも、「治療で累積生児が増える」ことの証明には届きません。これらのマーカーを標的に治療して累積生児が増えると示した、対照群を置いたランダム化比較試験は、現時点ではありません。
要点:日本では抗PE・抗PS/PT・ネオセルフ抗体(いずれも改定 APS 基準外の非基準抗体)が「提言(2025)」で「選択的検査」に位置づけられています。抗PS/PT はシステマティックレビューで平均オッズ比 10.6 が報告され、ネオセルフは前向き観察研究で治療シグナル(低用量アスピリン±ヘパリンで生児率 87.2% 対 50.0%)まで示しましたが、いずれもランダム化比較試験はなく、「治療で累積生児が増える」証明には至っていません。
統合 ― 三つの見分けで、連載全体を見渡す
ここで、連載全体を見渡します。第1回で立てた「三つの見分け」――その所見は流産の原因か、随伴か、偶然か。原因なら、治療で生児が増えるか。増えるなら、変わるのは流産率という代理指標か、累積生児という真のエンドポイントか――に、第2回から第5回までの所見を当てはめると、不育症で「何を検査し、何を治療し、何を見送るか」が、一つに整理できます。
三つの見分けを最後まで満たすのは、実質的に APS だけ
三つの見分けを最後まで通る所見は、抗リン脂質抗体症候群(APS)だけでした。APS は流産を起こし、抗凝固(低用量アスピリン+ヘパリン)で生児が増え、その効果は流産率という代理指標ではなく生児という真のエンドポイントで確認されています。
ただし、その APS でも、できることには限りがあります(第2回・第3回)。効果は生児・流産にとどまり、早産や胎児発育不全には及びません。治療で生児が増えるという効果の確実性も高くなく(生児の相対危険度は、アスピリン単独と比べて 1.27、GRADE は LOW)、その推定の多くは単一の大規模試験に依存しています。低用量アスピリン+ヘパリンの治療下でも、最高リスクの三抗体陽性(3種の抗リン脂質抗体がすべて陽性)では生児率は30%にとどまり、全体でも約2割は、妊娠高血圧腎症や胎児発育不全などの合併症を防げません。治療の対象を決めるのは「APS」というラベルではなく抗体プロファイルで、再検で消える一過性の抗体に抗凝固を加えても、生児は増えませんでした。
どこで条件が満たされないか
それ以外の所見は、どこかで条件が満たされません。
治療で生児が増えない所見――遺伝性血栓性素因と、機能正常の甲状腺自己抗体です(第4回)。血栓性素因の流産との関連はあっても限定的で、甲状腺自己抗体は流産と関連しますが、いずれも治療では生児が増えませんでした(血栓性素因への低分子ヘパリンは71.6% 対 70.9%、機能正常の甲状腺自己抗体へのレボチロキシンは37.4% 対 37.9%)。
生児を増やさなかった介入――免疫療法、プロゲステロン、ステロイド、hCG です(本稿の前半)。想定された機序に向けても、ランダム化比較試験はいずれも生児を増やさず、ステロイドでは早産がむしろ増えました。
代理指標は下がるが累積生児は増えない所見と、観察研究の利益が試験で再現しない所見――着床前遺伝学的検査と、子宮中隔の手術です(本稿の二つの例)。着床前遺伝学的検査は、流産率は下がっても累積生児は増えません。子宮中隔の手術はこれとは別の型で、観察研究で見込まれた利益がランダム化比較試験で再現しなかった例です。
そして、まだ判定の出ていない領域が、日本の血清マーカー(抗PE抗体・抗PS/PT抗体・ネオセルフ抗体)です――関連は示唆されますが、治療効果のランダム化比較試験はまだありません。
検査も治療も、同じ問いに収束する
三つの見分けは、検査と治療の両方を貫く一つの原則を示しています。
検査は、結果が「生児を増やす治療」を変えるときに行う。 そのため、標準的な検査は、子宮形態の評価、抗リン脂質抗体(抗カルジオリピン抗体・ループスアンチコアグラント・抗β2グリコプロテインI抗体を12週あけて2回)、甲状腺(甲状腺刺激ホルモンと甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)、夫婦の染色体検査に限られます(第1回)。遺伝性血栓性素因のルーチン検査が勧められない(ESHRE 2018・条件付き)のは、見つけても治療が生児を増やさないからでした(第4回)。
治療は、異常な検査値そのものではなく、生児という結果に向けて、効果が示されたものを用いる。 その条件を満たすのは、実質的に APS への低用量アスピリン+ヘパリンだけです。同じ抗凝固でも、母体の静脈血栓塞栓症を防ぐ目的なら別の正当な適応がありますが、それは流産を防ぐためではなく、転帰改善とは区別されます(第4回)。
すべての判断の前提に置かれるのは、良好な自然予後です。原因が特定できなくても、無治療を含めて5年で約7割が生児を得る(第1回)。対照群がこれだけ出産に至る集団では、治療群が良い成績でも、それだけでは治療効果の証明になりません。こうして、新しい所見・新しいマーカー・新しい治療が現れるたびに、問いは一つに戻ります――対照群を置いた試験で、累積生児が増えたのか。
要点:三つの見分けを最後まで満たすのは、実質 APS だけ(しかも謙虚な所見)でした。検査は結果が「生児を増やす治療」を変えるときに行い、治療は生児を増やすと示されたものを用いる――この一つの問いに、すべてが収束します。
おわりに ― 「見つかること」と「治療すべきこと」は違う
5回にわたってみてきたことは、一つの考え方に収束します。不育症の精査で「見つかること」は多いけれども、「治療すべきこと」――対照群を置いた試験で生児を増やすと示されたこと――は、限られています。
異常な検査値そのものではなく、生児という結果に向けて、効果が示された治療を用いる。この連載が一貫してお伝えしたかったのは、その一点です。ただし、これは確定した結論ではなく、現在のエビデンスにもとづく見解です。問いそのものは変わりません。その答えを更新していくのは、これからの質の高い試験です。
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付録:本稿で頻出する略語
APS(antiphospholipid syndrome、抗リン脂質抗体症候群)
IVIG(intravenous immunoglobulin、静注免疫グロブリン)
hCG(human chorionic gonadotropin、ヒト絨毛性ゴナドトロピン)
PGT-SR(preimplantation genetic testing for structural rearrangements、構造異常に対する着床前遺伝学的検査)
抗PE抗体(anti-phosphatidylethanolamine antibody、抗フォスファチジルエタノールアミン抗体)
抗PS/PT抗体(anti-phosphatidylserine/prothrombin antibody、フォスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体)
ネオセルフ抗体(neoself antibody、抗β2グリコプロテインI/HLA-DR複合体抗体)
GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation、エビデンスの確実性と推奨度を評価する国際的手法)
ESHRE(European Society of Human Reproduction and Embryology、欧州ヒト生殖医学会)
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