分娩後出血の見取り図 ― 第5回:出血が始まったら

分娩後出血(PPH)が難治化するかどうかには、最初の対応の速さと進め方が大きく関わります。国際的なクラスター無作為化試験 E-MOTIVE は、早く見つけ一次対応をまとめて始める多要素介入で、重症PPH・出血死を含む複合転帰を大きく下げました(Gallos 2023)。第5回は、この発見と初回対応の構造を扱います。
Obstetric Strategist 2026.08.27
誰でも

本連載は産婦人科専門医が執筆しています。頻出する略語は記事末尾の付録にまとめ、本文では初出時に展開します。

結論(忙しい先生へ)

  • PPHの難治化を減らすうえで要になるのは、早く見つけて、一次対応を遅らせずにまとめて始めることです。 国際的なクラスター無作為化試験 E-MOTIVE は、早期発見・一連の初期対応・実装戦略を合わせた多要素介入で、重症PPH(≥1,000mL)・出血での開腹・出血死をまとめた複合転帰を4.3%から1.6%へ下げました(リスク比 0.40、95%信頼区間 0.32〜0.50。Gallos 2023)。

  • 転帰が下がったのは、発見と実施が上がったことによると著者は考えています。 PPHの検出は51.1%から93.1%へ(率の比 1.58)、一連の初期対応の中核3要素(子宮収縮薬・トラネキサム酸・輸液)の実施は19.4%から91.2%へ(率の比 4.94)上がりました(Gallos 2023)。この検出率・実施率の比(rate ratio)は、複合転帰のリスク比 0.40 とは別の指標です。

  • 起点は、いつ始めるかを決めるトリガーです。 E-MOTIVE では、臨床的な判断、あるいは出血が500mL以上、または300mL以上でバイタルなどの異常所見をひとつでも伴った時点で、一次対応(子宮マッサージ・子宮収縮薬・トラネキサム酸・輸液・原因の検索)をまとめて同時に始め、止血しなければ段階的に拡大します。一つずつ投与して反応を待つ逐次的な対応に代えた設計です(Gallos 2023)。

  • 転帰を下げたのは単一の道具ではなく、多要素をまとめた介入としてです。 目盛り付きの血液回収ドレープ(calibrated drape)は、単独では検出を上げますが、それだけでは臨床転帰(health outcomes)に明確な効果を示さないことが、E-MOTIVE の著者が引用する Cochrane レビューで報告されています(Gallos 2023)。複合転帰が下がったのは、発見・一連の初期対応・実装戦略(監査・推進役・器具のカート常備・シミュレーション研修)を合わせた効果としてです(Gallos 2023)。

  • ただし、これは低・中所得国・二次病院・経腟分娩で得られた効果です。 高所得国や帝王切開では検証されておらず、母体死そのものは検出力不足でした(著者自身が高所得国での実装研究を求めています。Gallos 2023)。日本では、継続的なバイタルサインとショックインデックス(shock index:SI)のモニター、客観的な出血量の計測が日常的に行われています。J-CIMELS(Japan Council for Implementation of Maternal Emergency Life Support System、日本母体救命システム普及協議会)によるシミュレーション教育も普及しています(母体安全への提言 Vol.15)。

時間が予後を分ける

PPHは、対応が遅れれば難治化する時間依存の病態です。早く見つけて、遅らせずに対応を始めることが要になります。

E-MOTIVE の著者は、これまで転帰が十分に改善してこなかった理由を3つ挙げています。第一は、PPHがしばしば見逃されるか発見が遅れ、救命的な治療が速やかに始まらないことです。予防を扱った大規模試験では、PPHを発症した人のうち診断されて子宮収縮薬による治療を受けたのは53%にとどまっていました(Gallos 2023)。第二は、有効な介入が遅れて、あるいはばらばらに使われることです。第三は、明確な推奨があっても、現場での実施が伴わないことです(Gallos 2023)。

第2回で扱ったとおり、出血量を早く正しく捉えることが、初回対応の出発点になります。第5回では、そこで捉えた出血に対し、初回対応をどう始めるかを扱います。

まず「見つける」―トリガーとしての早期発見

E-MOTIVE の"E"(早期発見)は、初回対応をいつ始めるかを決めるトリガーです。

E-MOTIVE では、産後、目盛り付きの血液回収ドレープ(calibrated drape)に血液を集めて出血量を捉えます。一次対応を起動するトリガーは、①臨床判断、②出血が500mL以上、③出血が300mL以上でバイタルなどの異常所見をひとつでも伴う、のいずれかです(Gallos 2023)。この「300mL+異常所見ひとつ」という早い起点が、より軽症のうちに対応を始められた背景だと著者は述べています(Gallos 2023)。

検出そのものの精度――目分量が PPH のおよそ半分を見落とし、客観的な計測がそれを捉えること――は第2回で扱いました。ここで重要なのは、捉えた出血が、次に述べる初回対応をいつ始めるかの合図になる、という点です。

一連の初期対応をまとめて同時に始める

E-MOTIVE が変えたのは、トリガーが立ったら一次対応を、逐次にではなく、まとめて同時に始める点です。

一連の初期対応(WHOの一次対応。頭文字から MOTIVE と呼ばれます)は、子宮マッサージ、子宮収縮薬(オキシトシン)、トラネキサム酸、輸液、そして原因の検索(膀胱を空にし、凝血を除き、裂傷や胎盤遺残を確認する)からなります(Gallos 2023)。E-MOTIVE の対照群(通常ケア群)では、これらは逐次的に用いられ、子宮収縮薬をまず投与し、トラネキサム酸は難治例に留保されていました。E-MOTIVE は、トリガーが立った時点でこれらをまとめて同時に始め、止血しなければ段階的に拡大します。

図1 トリガーから一連の初期対応への流れ(Gallos 2023)。出血が起動基準に達した時点で、一次対応をまとめて同時に始め、止血しなければ遅らせずに段階的に拡大する。

これにより、重症PPH(≥1,000mL)・出血での開腹・出血死をまとめた複合転帰は、4.3%から1.6%へ下がりました(リスク比 0.40、95%信頼区間 0.32〜0.50。Gallos 2023)。輸血(出血のため)も、介入群で少なくなりました(リスク比 0.71、95%信頼区間 0.55〜0.90。Gallos 2023)。ただしこれは副次的な転帰で、多重性の補正はされていません。


図2 E-MOTIVE の主要な結果(Gallos 2023)。複合転帰(重症PPH・出血での開腹・出血死)は介入群と通常ケア群のリスク比、検出と一連の初期対応の実施は率の比(rate ratio)で、指標が異なる。

なぜ下がったのか。著者は、ふたつの過程の改善がこれに寄与したと考えています。PPHの検出は51.1%から93.1%へ(率の比 1.58)、一連の初期対応の実施は19.4%から91.2%へ(率の比 4.94)上がりました(Gallos 2023)。この検出率と実施率は、いずれも客観的に計測されたPPH(500mL以上)を分母とし、実施率は中核となる三つの要素——子宮収縮薬・トラネキサム酸・輸液——の投与を指します(Gallos 2023)。

複合転帰(リスク比 0.40)と、その大半を占める重症PPH単独(リスク比 0.39)は、近い値ですが別の集計です(いずれも Gallos 2023)。検出率・実施率の率の比(rate ratio)とも指標が異なります。本連載では複合転帰を主として扱います。

道具ではなく、仕組みとして

E-MOTIVE が転帰を下げたのは、単一の道具によってではありません。発見・初回対応と、それを現場に根づかせる仕組みを合わせた結果です。

E-MOTIVE の介入には、実装戦略が組み込まれていました。検出率と実施率、そしてPPH・重症PPH・輸血・開腹・死亡の率を毎月全スタッフに共有する監査、変革を主導する推進役(助産師と医師)、使用のたびに補充する薬剤・器具のカート、シミュレーションを用いた現場研修です(Gallos 2023)。

このことは、別のエビデンスからも読み取れます。目盛り付きの血液回収ドレープは、単独では出血の検出を改善しますが(率の比 1.86)、臨床転帰(health outcomes)には明確な効果を示さない――これは E-MOTIVE の著者が引用する Cochrane レビューの結論です(Gallos 2023)。複合転帰が下がったのは、発見・一連の初期対応・実装戦略を合わせた効果としてであり、そのどれが——あるいは組み合わせのどこが——寄与したかは切り分けられません(Gallos 2023)。

適用の限界と、日本の現在地

この結果は、低・中所得国・二次病院・経腟分娩で得られたものです。日本には、すでに継続的なモニターと初期対応の教育という土壌があります。

いくつもの限界があります(以下はいずれも Gallos 2023)。E-MOTIVE は低・中所得国の二次病院で、経腟分娩を対象に行われました。高所得国や帝王切開では検証されておらず、著者自身が高所得国での実装研究の必要を述べています。母体死そのものは検出力が不足しており、複合転帰の低下を主に支えたのは重症PPH(出血量)でした。対照群で用いた目盛りのないドレープは透明で、集まる血液が見えたため、介入と対照の差はむしろ小さく見積もられた可能性があります。また、この相対的な縮小幅が、他の集団でそのまま再現するとは限りません。

日本では、バイタルサインとショックインデックスの継続的なモニター、目盛り付きドレープや計量による客観的な出血量の把握が日常的に行われています。産科ガイドライン2026(CQ416-1)は、出血が続く場合に、バイタル評価・原因検索・複数の静脈路と細胞外液の確保・原因への対処(弛緩なら子宮収縮薬・双手圧迫・子宮内バルーン)を並行して行い、ショックインデックスで循環不全を早期に捉える段階的な対応を示しています。トラネキサム酸は、予防としてではなく、止血困難な出血に対して用いるとされています。

E-MOTIVE が示した「早く見つけ、遅らせずまとめて始め、現場に根づかせる」という方向は、日本の実装の蓄積と重なります。妊産婦死亡症例検討評価委員会は、産科危機的出血による死亡の減少を報告しています。その背景として、バイタルサインへの注意や初期対応の徹底、J-CIMELS(日本母体救命システム普及協議会)を中心としたシミュレーション教育の展開が、速やかな輸血・母体搬送・連携の改善につながったことを挙げています(これは観察に基づく帰属で、因果を証明するものではありません。母体安全への提言 Vol.9)。

まとめ

E-MOTIVE が示したのは、早く見つけ、一次対応をまとめて同時に始め、それを仕組みで支えたときに、重症PPH・出血での開腹・出血死をまとめた複合転帰が下がるということでした(リスク比 0.40。Gallos 2023)。新しくなったのは個々の薬や器具ではなく、発見と初回対応のタイミング、そして遅れを避ける進め方でした。

日本には、継続的なモニターと初期対応の教育という土壌が、すでにあります。

次回は、初回対応のあとも出血が止まらないときの、子宮内デバイスを扱います。

***

本連載の各回の要旨・図表アーカイブ・参考文献は、公開リファレンスサイト obstetric-strategist.com にまとめています(本文は theLetter で全文無料)。連載全体を一望し、図表や原典に当たる入り口としてご利用ください。

本連載を最初から/他の連載もどうぞ(各シリーズ 第1回)

付録:本稿で頻出する略語

  • PPH — postpartum haemorrhage(分娩後出血)

  • E-MOTIVE — 早期発見(Early detection)と一次対応の頭文字(Massage, Oxytocic drugs, Tranexamic acid, IV fluids, Examination and escalation)による試験・介入の呼称

  • SI — shock index(ショックインデックス。心拍数÷収縮期血圧)

  • リスク比(risk ratio:RR)/率の比(rate ratio) — 前者は転帰の発生リスクの比、後者は検出率・実施率など率の比。E-MOTIVE では複合転帰がリスク比、検出・実施が率の比で報告されている

  • J-CIMELS — Japan Council for Implementation of Maternal Emergency Life Support System(日本母体救命システム普及協議会)

参考文献

  • Gallos I, Devall A, Martin J, et al. Randomized Trial of Early Detection and Treatment of Postpartum Hemorrhage. N Engl J Med 2023;389(1):11-21. PMID: 37158447

  • Diaz V, Abalos E, Carroli G. Methods for blood loss estimation after vaginal birth. Cochrane Database Syst Rev 2018;9(9):CD010980. PMID: 30211952

  • 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン産科編2026. CQ416-1(分娩後異常出血の予防ならびに対応). 2026:268-276.

  • 妊産婦死亡症例検討評価委員会・日本産婦人科医会. 母体安全への提言2024(Vol.15). 2025. https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2025/10/botai_2024.pdf

  • 妊産婦死亡症例検討評価委員会・日本産婦人科医会. 母体安全への提言2018(Vol.9). 2019. https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/botai_2018.pdf

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