不育症の見取り図 第4回:関連はあっても、治療で生児は増えない

血栓性素因も、機能が正常な甲状腺自己抗体も、検査では「見つかる」。だが抗凝固を足しても、甲状腺ホルモンを足しても、生児は増えない――理由は機序にある。
Obstetric Strategist 2026.07.16
誰でも

第4回:関連はあっても、治療で生児は増えない――血栓素因と甲状腺自己抗体

第1回から第3回までで、抗リン脂質抗体症候群(APS、antiphospholipid syndrome)をみてきました。不育症の精査で見つかる所見には、三つの見分けがあります――その所見は流産を起こすのか、治療で生児が増えるか、変わるのは流産率という代理指標か、生児という真のエンドポイントか。APS は、この三つを最後まで満たす、実質的に唯一の所見でした。第4回からは、この三つのどこかが成り立たない所見に移ります。

本稿で扱う遺伝性血栓性素因と甲状腺自己抗体は、どちらも不育症の検査で「異常」として見つかり、どちらも一見すると治療できそうにみえます。血栓性素因には抗凝固を、甲状腺自己抗体には甲状腺ホルモン(レボチロキシン)を足せばよい、と考えたくなります。しかし、ランダム化比較試験はいずれも、生児が増えるという結果にはなりませんでした。APS では成り立っていた「原因 → 治療できる → 真のエンドポイントが動く」が、なぜここでは成り立たないのか。本稿では、その理由を機序から説明します。

本稿で頻出する略語は末尾の付録にまとめます。本文では各略語を初出時に展開します。

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結論(忙しい読者へ)

遺伝性血栓性素因も、甲状腺機能が正常な甲状腺自己抗体陽性も、不育症の検査では「見つかり」ますが、抗凝固やレボチロキシンを足しても生児は増えません。 遺伝性血栓性素因をもつ反復流産の女性に、通常の妊娠管理に低分子ヘパリン(LMWH、low molecular weight heparin)を加えても、生児率は通常の妊娠管理だけの場合と変わりませんでした(71.6% 対 70.9%、ALIFE2)。甲状腺機能が正常で甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO、thyroid peroxidase)抗体が陽性の女性にレボチロキシン(levothyroxine)を投与しても、生児率は変わりませんでした(37.4% 対 37.9%、TABLET)。

関連があるのに治療で動かない理由は、機序にあります。 遺伝性血栓性素因は確かに血液を固まりやすくしますが、早期の流産の多くは血栓のイベントではありません。だから抗凝固には作用する対象がありません――そして、機序が最も効きそうにみえる後期の胎児喪失の既往者を含めても、低分子ヘパリンは生児を増やしませんでした(ALIFE2)。これは、「胎盤の血栓を抗凝固で防げば流産が減る」という治療の発想が臨床では支持されないことを示しています(de Jong 2014)。甲状腺自己抗体では、機能が正常であること自体が答えになります。レボチロキシンは欠乏を補う薬であり、欠乏のない(機能が正常な)ところに足しても、補う対象がありません。

だから、検査も同じ論理で絞られます。 反復流産の女性が遺伝性血栓性素因をもつ頻度は、一般集団と変わらないことが示されています(Shehata 2022)。見つけても抗凝固で生児が増えるわけではない以上、ルーチンに検査する理由はありません。

ここで、取り違えやすい二つの区別があります。 一つは、血栓性素因における「母体の静脈血栓塞栓症(VTE、venous thromboembolism)の予防」と「妊娠転帰の改善」の区別です。同じ抗凝固でも、母体の致死的な肺塞栓を防ぐ目的には正当な適応がありますが、流産を防ぐ目的での有効性は示されていません。だから抗凝固は、母体の血栓を防ぐ適応で用い、流産を防ぐ標的としては使いません。もう一つは、甲状腺における「機能正常(euthyroid)」と「顕性・潜在性の甲状腺機能低下」の区別です。ランダム化比較試験が否定したのは、機能が正常な甲状腺自己抗体陽性への補充だけで、甲状腺刺激ホルモン(TSH、thyroid stimulating hormone)が基準を超える本当の機能低下は、別のカテゴリです。だから甲状腺は、機能が正常なうちは補充せず、TSH を追って基準を超えた時点で治療に切り替えます。

以下、遺伝性血栓性素因がなぜ治療で動かないか → だから検査もしない(二つの区別の一つ目)→ 甲状腺自己抗体がなぜ治療で動かないか → 機能正常と本当の機能低下の区別(二つ目)、の順にみていきます。

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遺伝性血栓性素因 ― 関連はあっても、抗凝固で生児は増えない

遺伝性血栓性素因は、血液を固まりやすくする生まれつきの体質です。第V因子ライデン変異(FVL、factor V Leiden)やプロトロンビン遺伝子変異(G20210A)、アンチトロンビン(AT、antithrombin)・プロテインC(PC、protein C)・プロテインS(PS、protein S)の欠乏などが含まれ、いずれも静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクを高めます。不育症の検査では、これらが一定の頻度で「見つかり」ます。そして、ここには一見すると筋の通った治療の論理があるようにみえます――固まりやすいのなら、抗凝固で固まりにくくすればよい、というものです。

理にかなう仮説 ― 胎盤の血栓が流産を起こす?

この治療の論理を支えているのが、「胎盤血栓説」です。母体と胎児が接する胎盤の界面は血流が遅く、固まりやすい体質があればそこに血栓ができ、胎盤の梗塞が流産・胎児発育不全・妊娠高血圧腎症・常位胎盤早期剥離といった「胎盤を介した合併症」を起こす――という仮説です。生物学的には理にかなっており、だからこそ、世界中で多くの反復流産の女性が血栓性素因を検査され、見つかれば抗凝固を提案されてきました。

しかし、この関連そのものが、見かけほど頑健ではありません。反復流産の女性が遺伝性血栓性素因をもつ頻度は一般集団と変わらず、第V因子ライデン変異もプロトロンビン遺伝子変異も、反復流産のリスクを有意には高めませんでした(Shehata 2022 のコホート+メタ解析)。かつて報告された高い関連は、研究ごとに反復流産の定義や対象がばらついていたことによるところが大きく、基準をそろえて一般集団と比べると、頻度の差は残りませんでした(Shehata 2022)。

しかし、抗凝固は生児を増やさない

関連の頑健性に疑問があるとしても、答えを出すのは介入試験です。そして介入の結果は一貫していました。

まず、原因不明の反復流産(血栓性素因の有無を問わず、APS は除く)を対象としたコクラン・レビューがあります(de Jong 2014、9 試験 1228 例)。質の低い(バイアスリスクの高い)試験を除いた感度解析では、どの抗凝固も生児を増やしませんでした――アスピリン対プラセボで生児の相対危険度 0.94(95% 信頼区間 0.80〜1.11)、低分子ヘパリン対アスピリンで 1.08(0.93〜1.26)、低分子ヘパリン+アスピリン対無治療で 1.01(0.87〜1.16)。いずれも信頼区間が 1 をまたぎ、差がありません。著者の結論は、「このレビューは、原因不明の反復流産の女性に対する抗凝固の使用を支持しない」でした。早産・妊娠高血圧腎症・胎児発育不全・先天奇形といった産科合併症も、どのレジメンでも有意には変わりませんでした。

ただしこのレビューには、本稿の主題にとって重要な限界がありました。遺伝性血栓性素因をもつ女性だけを取り出したサブグループ解析は、組み入れられた試験が少なく、検出力が不足していたのです。著者ら自身が、「血栓性素因をもつ反復流産の女性に的を絞ったランダム化比較試験が緊急に必要だ」と述べました。

その専用試験が、ALIFE2 です(Quenby 2023)。遺伝性血栓性素因(FVL、プロトロンビン遺伝子変異、AT・PC・PS 欠乏)をもち、2 回以上の流産または子宮内胎児死亡の既往がある女性を、標準ケア(通常の妊娠管理・経過観察)に低分子ヘパリンを上乗せする群と、標準ケア単独の群にランダムに割り付けました。介入は低分子ヘパリン単独で、アスピリンとの併用ではありません。アスピリンが使われたのは、妊娠高血圧腎症の予防目的の 11% のみでした。結果は、生児率が低分子ヘパリン群 116/162(71.6%)、標準ケア単独の群 112/158(70.9%)で、両群に差はありませんでした(調整オッズ比 1.08、95% 信頼区間 0.65〜1.78)。低分子ヘパリンは、生児率を上げませんでした(本稿で扱う 3 試験の治療群・対照群の生児率は、後掲の図1 に並べました)。

なぜ効かないのか ― 最も効きそうな場面でも差はなかった

ALIFE2 が重要なのは、抗凝固が効きうる条件を意図的に広く取った点にあります。

第一に、対象には週数を問わず流産・胎児死亡が含まれました(組み入れ基準は「妊娠週数にかかわらず、2 回以上の連続または非連続の流産または子宮内胎児死亡」)。胎盤血栓説が正しいなら、胎盤が大きくなり血流への依存が増す後期の喪失でこそ抗凝固が効くはずです。その後期喪失を含めても、効果はありませんでした。第二に、対象には高リスクの血栓性素因も含まれました(AT・PC・PS 欠乏は、妊娠期と産褥期を外して 2 回の検査で診断するという厳密さで確認されています)。最も血栓傾向の強い体質でも、生児は増えませんでした。第三に、年齢、流産回数、生児出産の有無、血栓性素因の種類という、あらかじめ計画されたどのサブグループでも、低分子ヘパリンの有効性を示す証拠はありませんでした。

ここに、本稿全体に通じる論点があります。生物学的に理にかなうこと(biological plausibility)と、臨床的な有効性は、別物だということです。遺伝性血栓性素因が血液を固まりやすくするのは事実です。しかし、早期の流産の多くは、そもそも血栓のイベントではありません。染色体異常をはじめとする他の要因で起こる流産に対して、抗凝固が作用する対象はないのです。そして、機序が最も効きそうにみえる後期の喪失の既往者を組み入れても、低分子ヘパリンは生児を増やさなかった――胎盤の血栓を抗凝固で防ぐという治療の前提が、臨床では成り立たないことを示しています。

要点:遺伝性血栓性素因と流産の関連は、あるとしても限定的です(反復流産の女性の血栓素因頻度は一般集団と同等、Shehata 2022)。原因不明の反復流産では抗凝固はどれも生児を増やさず(de Jong 2014)、血栓性素因に的を絞った専用試験 ALIFE2 でも、低分子ヘパリンは生児率を上げませんでした(71.6% 対 70.9%)。しかも ALIFE2 は、後期の喪失の既往者も高リスク素因も組み入れたうえで無効でした。早期の流産の多くは、そもそも血栓のイベントではありません。固まりやすさを抑えても、それで生児が増えるわけではありませんでした。

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だから検査もしない ― VTE 予防と転帰改善は、別の話

治療で生児が増えないのなら、検査の意味も変わってきます。調べることに意味があるのは、その結果が次の管理を変えるときです。管理が変わらないのであれば、あえて調べる理由は乏しくなります。

検査するのは、結果が管理を変えるときだけ

国際的なガイドラインも、同じ結論に立っています。ESHRE(European Society of Human Reproduction and Embryology、欧州ヒト生殖医学会)は、追加の血栓リスク因子がある場合や研究目的を除いて、反復流産の女性に遺伝性血栓性素因のスクリーニングを行わないことを推奨しています(ESHRE 2018・条件付き推奨)。理由は、前節でみたとおり、見つけても治療が生児を増やさないことです。検査して陽性が出ても、それで管理が変わるわけではありません。管理が変わらない検査は、かえって不安や、効果の不確かな治療のきっかけになりかねません。

二つの適応を分ける ― 母体の血栓予防と、流産予防

ここで、一つ区別が要ります。「遺伝性血栓性素因の妊婦に抗凝固を出す場面は一切ない」という意味ではありません。血栓性素因における抗凝固の役割は、二つの目的に分けて考える必要があります。

一つは、母体の静脈血栓塞栓症(VTE)の予防です。アンチトロンビン欠乏のような高リスクの素因をもつ妊婦は、妊娠・産褥期に静脈血栓・肺塞栓を起こすリスクが高く、これを予防するための抗凝固には、確立した適応があります。目的はあくまで母体の血栓予防であり、胎児の転帰を改善するためのものではありません。

もう一つが、妊娠転帰の改善です。こちらでは、抗凝固が生児を増やすという有効性は示されていません。ESHRE も、遺伝性血栓性素因をもつ反復流産の女性に対して、静脈血栓塞栓症の予防として適応がある場合や研究目的を除いて、抗血栓療法を行わないことを推奨しています(ESHRE 2018)。流産・胎児喪失・妊娠高血圧腎症・胎児発育不全・常位胎盤早期剥離の予防を目的とした抗凝固は、生児を増やしません。

決定的なのは、同じ薬(低分子ヘパリン)を同じ患者に使っても、何のために使うかで、抗凝固を使う根拠があるかどうかが変わるということです。アンチトロンビン欠乏の妊婦に抗凝固を出すのは、母体の血栓を防ぐ目的には根拠がありますが、流産を防ぐ目的には有効性が示されていません。だからこそ、検査が向かうべきは、母体の VTE リスクの評価です。

日本の検査文化との接点

日本の不育症診療では、凝固系がより広く検査される傾向があります。実際、日本の反復流産の女性では、凝固第XII因子欠乏が 7.6%、プロテインS低下が 4.3% に見つかります(Morita 2019)。日本の提言(2025)は、これらを「選択的検査」――全例にではなく、リスクに応じて行う検査――に位置づけています。背景には、日本人のプロテインS欠乏が欧米の約 10 倍で、そのほとんどがプロテインS徳島などの遺伝子変異によること、海外のデータをそのまま当てはめるのは不適切だという事情があります。実際、同じ Morita 2019 の観察データでは、プロテインS欠乏の女性で低用量アスピリン、または低用量アスピリン+ヘパリンを行った群の生児率が高い可能性が示唆されています。ただしこれは小規模で無作為化されていない観察データであり、ALIFE2 のようなランダム化比較試験で確認された有効性ではありません。国際的な大規模試験が遺伝性血栓性素因全体で有効性を否定する一方、日本のプロテインS欠乏(とくにプロテインS徳島)は、なお日本独自のデータで検証すべき領域として残されています。一方、リスク因子の見当たらない原因不明の反復流産に対する経験的な抗凝固は、有効とするエビデンスがなく、日本の提言(2025)も推奨していません。

どの検査をルーチンに行うかは、各国のガイドラインと制度が定める領域であり、本稿が個別の推奨をする立場にはありません。ただ、原則は共通しています――検査と治療を、異常値そのものではなく、「生児を増やす」ことと「母体の安全を守る」ことに向けることです。

要点:見つけても治療が生児を増やさない以上、遺伝性血栓性素因のルーチン検査は勧められません(ESHRE 2018・Shehata 2022)。ただし抗凝固には、母体の静脈血栓塞栓症(VTE)の予防という別の確立した適応があり、これは流産予防とは区別されます――同じ低分子ヘパリンでも、VTE 予防の目的には根拠があり、妊娠の転帰改善の目的には有効性が示されていません。日本では第XII因子欠乏やプロテインS低下が選択的に検査されますが(Morita 2019・提言 2025)、原因不明例で経験的に抗凝固を足しても生児が増える根拠は乏しく、検査はリスクに応じて VTE の評価に向けるべきものです。日本人に多いプロテインS徳島は、なお日本独自の検証が要る領域です。

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甲状腺自己抗体 ― 機能が正常なら、ホルモンを足しても補うべき欠乏がない

甲状腺は、本稿の主題――「見つかるが治療で動かない随伴所見」――の、最もはっきりした実例です。関連は確かにあり、機序の仮説も複数あり、検査で容易に見つかる。にもかかわらず、甲状腺機能が正常である限り、補充は生児を増やしません。

関連は本物 ― TPO 抗体は流産リスクを示す

甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体は、甲状腺に対する自己抗体です。甲状腺機能が正常(euthyroid)であっても、この抗体が陽性の女性は、流産・早産のリスクが高いことが知られています。甲状腺自己抗体と妊娠転帰の関連を統合したメタ解析(Thangaratinam 2011・対象はいずれも甲状腺機能正常)では、抗体陽性は流産のオッズを高め(コホート研究で約 3.9 倍〔95% 信頼区間 2.48〜6.12〕、症例対照研究で約 1.8 倍〔1.25〜2.60〕)、早産のオッズを約 2 倍にしました(2.07〔1.17〜3.68〕)。日本の不育症の検査でも、甲状腺機能の異常は、原因として最も多く見つかる単一の所見です(9.5%、Morita 2019。ただし同研究は機能低下を TSH 2.5 mU/L 以上と定義しており、後述の現行上限 4.0 mU/L より緩い基準です)。

こうしたリスクの上昇は、無視できない大きさです。だからこそ「見つける価値がある」ようにみえますが、ここで一つ、区別が要ります。リスクを示すマーカーであることと、治療で動かせる標的であることは、別だからです。

だが補充は生児を増やさない

この問いに答える、二つの大規模なランダム化比較試験があります。

一つは TABLET 試験です(Dhillon-Smith 2019)。甲状腺機能が正常で TPO 抗体が陽性、かつ流産または不妊治療の既往がある女性 952 人を、レボチロキシン(50 µg を妊娠前から)とプラセボにランダムに割り付けました。生児率は、レボチロキシン群 37.4%(176/470)、プラセボ群 37.9%(178/470)で、差はありませんでした(相対危険度 0.97、95% 信頼区間 0.83〜1.14)。流産や早産といった他の妊娠転帰にも、差はありませんでした。

もう一つが T4-LIFE 試験で、こちらは不育症に特化しています(van Dijk 2022)。甲状腺機能が正常で TPO 抗体が陽性、かつ2 回以上の流産既往がある女性 187 人を対象に、同じくレボチロキシンとプラセボを比較しました。生児率は、レボチロキシン群 47/94(50%)、プラセボ群 45/93(48%)で、やはり差はありませんでした(相対危険度 1.03、95% 信頼区間 0.77〜1.38)。なお、この試験は予定した 240 人の 78% を組み入れた時点で、参加者の集まりが遅いために早期中止されており、検出力は不足しています。したがって「差がないこと」を「無益が完全に証明された」とまでは読みません。それでも、TABLET の明確な結果と方向は一致しており、著者らは「TPO 抗体陽性で甲状腺機能が正常な反復流産の女性に、レボチロキシンのルーチンな使用は勧めない」と結論しています。

図1 本稿で扱う 3 つのランダム化比較試験における、治療群と対照群の生児率。遺伝性血栓性素因への低分子ヘパリン(ALIFE2)も、機能正常の甲状腺自己抗体陽性へのレボチロキシン(TABLET・T4-LIFE)も、対照群と生児率がほとんど変わらない。なお生児の定義週数は試験により異なり(ALIFE2・T4-LIFE は 24 週以降、TABLET は 34 週以降)、治療で差がつかないという結論は変わらない。

なぜ効かないのか ― 補うべき欠乏がない

機能が正常な甲状腺には、補うべき欠乏がありません。

では、甲状腺機能が正常なのに、なぜ TPO 抗体陽性で流産が増えるのか。提案されている機序は、二つあります(Thangaratinam 2011)。一つは、甲状腺の予備能の低下を示すマーカーという見方です。予備能の削られた腺は、妊娠で急増する甲状腺ホルモン需要に応えきれず、ホルモンが基準域内でわずかに下がりやすい(抗体陽性群で TSH が高めだったことが、これを支持します)。もう一つは、抗体が甲状腺を超えた全身性の自己免疫の活性化を映しているという見方です。どちらの仮説でも、結論は同じです――抗体は何かを示してはいるが、甲状腺ホルモンを足すという介入では、その「何か」は変わりません。

要点:甲状腺機能正常の TPO 抗体陽性は、流産・早産のリスクを高めますが(Thangaratinam 2011)、レボチロキシン補充では生児は増えません。流産・不妊既往をもつ女性でも(TABLET:37.4% 対 37.9%)、反復流産に特化した集団でも(T4-LIFE:50% 対 48%、ただし早期中止で検出力不足)、レボチロキシンは生児率を上げませんでした。機能が正常なら、補うべき欠乏がありません。抗体は予備能の低下や全身性自己免疫を示すマーカーであって、補充で動かせる標的ではないのです。

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否定されたのは甲状腺機能正常だけ ― TSH を超えれば治療対象になる

前節がレボチロキシン補充を否定したのは、甲状腺機能が正常な TPO 抗体陽性に限られます。TSH が基準を超える本当の甲状腺機能低下は、是正すべき指標があり、別カテゴリとして治療される領域です。治療判断を分けるのは、抗体の有無ではなく、TSH が基準域内にとどまるか、それを超えるかにあります。

甲状腺の三区分

甲状腺の状態は、TSH と遊離サイロキシン(free T4)で三つに分けられます。

  • 顕性甲状腺機能低下症(TSH 高値+free T4 低値):欠乏が明確にあり、全例が治療対象です。補充が欠乏を是正し、転帰を改善することに、議論はありません(提言 2025)。

  • 潜在性甲状腺機能低下症(TSH 高値+free T4 正常):TSH は基準を超えているが、ホルモンはまだ正常域に保たれている状態です。レボチロキシンが弱く提案されますが(ESHRE 2018・条件付き)、反復流産の転帰を改善するというエビデンスはなお弱く、議論があります(潜在性甲状腺機能低下症と反復流産の関連は乏しいとする報告が多く、日本の提言 2025 もそう整理しています)。

  • 機能正常(euthyroid)+TPO 抗体陽性(TSH 正常+free T4 正常):TSH が基準域内にあり、是正すべき欠損がありません。ランダム化比較試験が補充を否定したのは、この最下段だけです。

三つを分けるのは、TSH が基準域内にとどまるか、それを超えるかです。妊娠初期の TSH 上限は、施設の基準値か、参照値がなければ 4.0 mU/L が目安とされます(提言 2025/ATA〔American Thyroid Association、米国甲状腺学会〕2026)。前節の TABLET も T4-LIFE も、TSH が基準域内の女性だけを純粋に取り出した試験でした。だからこそ、集団が均一で結果を解釈しやすかったのです。逆に、機能正常と潜在性を混ぜたメタ解析では、効果の有無がぼやけます――異質な集団を一つにまとめれば、効くかもしれない層と効かない層が打ち消し合うからです。

どこで区切るかが効果を左右することは、潜在性甲状腺機能低下そのものを対象とした試験でも確かめられています。甲状腺自己抗体陰性の妊婦を対象としたランダム化試験では、潜在性を従来の TSH 2.5 mU/L 以上で定義したときにはレボチロキシンは早産を減らしませんでしたが(相対危険度 0.86、95% 信頼区間 0.47〜1.55)、4.0 mU/L 以上で定義したときには有意に減らしました(相対危険度 0.38、0.15〜0.98。Nazarpour 2018)。区切りを 2.5 まで下げると、まだ補うべき欠乏のない層まで治療対象に含めてしまい、効果が薄まるのです。

図2 甲状腺の三区分と、TSH の区切り。TSH が基準を超える顕性・潜在性甲状腺機能低下症は、是正できる欠損があり治療の論理が立つ。ランダム化比較試験(TABLET・T4-LIFE)が補充を否定したのは、TSH が基準域内の「機能正常+TPO 抗体陽性」だけで、これは別カテゴリである。

この線引きは、近年ガイドラインが収束してきた方向でもあります。甲状腺機能が正常な TPO 抗体陽性について、米国甲状腺学会(ATA)の 2026 年版は、TABLET などの高品質ランダム化比較試験を根拠に、不妊治療中や反復流産歴のある女性を含めてレボチロキシンを提示しないことを明記し、2017 年版の「考慮してよい」から立場を改めました(ATA 2026)。米国産科婦人科学会(ACOG、American College of Obstetricians and Gynecologists)の 2020 年版も、機能が正常な甲状腺への補充が妊娠転帰や児の神経発達を改善する証拠はないとして、同じ立場をとります(ACOG 2020)。潜在性についても、一律の推奨があるわけではありません。ATA 2026 は、TSH が 10 mU/L を超える明らかな潜在性は治療する一方、軽度の潜在性は妊娠初期に見つかった場合に治療を考慮しうるにとどめ、それ以降に診断された場合は提示しないとしています。ACOG 2020 は、潜在性の同定と治療が妊娠転帰を改善する証拠はないとして、普遍的なスクリーニングを推奨していません。つまり、潜在性をめぐる議論は「治療するか・しないか」の対立というより、「強い証拠がないなかで、どこまで限定的に治療するか」に移りつつあります。

なぜ TSH で分けるのが機序的に意味を持つのか

この三区分が分けているのは、補うべき欠乏が今あるか――TSH が基準を超えているか――です。レボチロキシンが補えるのは甲状腺ホルモンの欠乏であり、治療に意味があるかは、是正すべき欠乏が現にあるかで決まります。TPO 抗体は、流産リスクや甲状腺予備能の低さを示すマーカーであって(Thangaratinam 2011)、補うべき欠乏そのものではありません。

機能が正常な間は、TSH が基準域内にあり、是正すべき欠乏がありません。だから先回りの補充は、補う対象を持ちません。TSH が基準を超えていれば(潜在性・顕性)、是正すべき欠乏が現にあり、補充に意味が出ます。だから機能正常の TPO 抗体陽性では、抗体があることを理由に補充するのではなく、TSH を追い、基準を超えた場合に治療対象とする、という整理になります(提言 2025)。

実務がなお割れる理由

機能正常の TPO 抗体陽性へのレボチロキシンをめぐっては、専門家の間で実務が割れます。ランダム化比較試験が有効性を示さず、ガイドラインも治療しない方向で一致する一方、補充自体は害がほぼないため、希望する患者に少量を提示する選択肢は残ります。割れているのは有効性の評価ではなく、効果が確認されていない上乗せを、安全だからと選ぶかどうか――エビデンスの外側にある判断です。

要点:ランダム化比較試験が否定したのは、機能正常(euthyroid)の TPO 抗体陽性への補充だけです。TSH が基準を超える顕性(free T4 低値・全例治療)・潜在性(free T4 正常・補充は弱く提案されるがエビデンスは弱い)は別カテゴリで、是正すべき指標(TSH)があります。分けるのは、TSH が基準域内か、それを超えているかです。機能正常は是正すべき欠乏がなく、補充に意味が出るのは TSH が基準を超えている場合に限られます――だから機能正常では、ただちに補充するのではなく、TSH を追い、基準を超えた場合に治療対象とする、という整理になります。

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次回(第5回)― より積極的な治療と、実践への統合

本稿でみた遺伝性血栓性素因と、機能正常の甲状腺自己抗体は、どちらも不育症の検査で「異常」として見つかり、どちらも統計的には流産と関連します。しかし、抗凝固もレボチロキシンも、生児を増やしませんでした。第1回の「三つの見分け」――その所見は流産を起こすのか、治療で生児が増えるか、変わるのは流産率という代理指標か、生児という真のエンドポイントか――でいえば、二つ目の見分け(治療で生児が増えるか)で、条件が満たされない所見です。関連はあっても、治療がそれを生児に結びつけるわけではありません。理由は機序にありました――血栓のイベントでない流産に抗凝固は届かず、欠乏のない甲状腺にホルモンを足しても補う対象がない。

鍵になるのは、異常値そのものではなく、生児という結果に治療を向けることです。そして、効果を期待して足される治療は、これだけではありません。

第5回は、より積極的な治療――免疫療法、プロゲステロン、ステロイド、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)――を扱います。いずれも、効果を期待して重ねられてきた治療であり、ランダム化比較試験がそれぞれの効果をどう検証してきたかをみます。あわせて、見かけと結論が食い違う二つの場面――着床前遺伝学的検査では流産率は下がるのに累積の生児率は変わらず、子宮中隔の手術では観察研究が示した利益がランダム化比較試験で消える――を扱い、検査する・しない、治療する・しないの全体を、連載の最終回として統合します。

本連載の各回の要旨・図表アーカイブ・参考文献は、公開リファレンスサイト [obstetric-strategist.com](https://obstetric-strategist.com) にまとめています(本文は theLetter で全文無料)。連載全体を一望し、図表や原典に当たる入り口としてご利用ください。他の連載もこちらから一覧できます。

この連載を第1回から読む

- [本連載 第1回:見取り図と、どこまで検査するか](https://obstrategist.theletter.jp/posts/7722dcdc-9163-420a-921c-326859610327)

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付録:本稿で頻出する略語

  • APS(antiphospholipid syndrome、抗リン脂質抗体症候群)

  • VTE(venous thromboembolism、静脈血栓塞栓症)

  • FVL(factor V Leiden、第V因子ライデン変異)

  • G20210A(prothrombin gene mutation G20210A、プロトロンビン遺伝子変異)

  • AT(antithrombin、アンチトロンビン)

  • PC(protein C、プロテインC)

  • PS(protein S、プロテインS)

  • LMWH(low molecular weight heparin、低分子ヘパリン)

  • TPO 抗体(thyroid peroxidase antibody、甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)

  • TSH(thyroid stimulating hormone、甲状腺刺激ホルモン)

  • free T4(free thyroxine、遊離サイロキシン)

  • euthyroid(甲状腺機能正常)

  • ESHRE(European Society of Human Reproduction and Embryology、欧州ヒト生殖医学会)

  • ATA(American Thyroid Association、米国甲状腺学会)

  • ACOG(American College of Obstetricians and Gynecologists、米国産科婦人科学会)

***

参考文献

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