妊娠高血圧症候群 診療アップデート(第2回)|降圧・診断・急性期 ―「降圧すると児が育たない」はなぜ撤回されたか
本稿で頻出する学会・略語を最初に開きます(試験名や他の医学略語は本文初出時に展開、全略語は末尾付録にまとめます):JSOG(Japan Society of Obstetrics and Gynecology、日本産科婦人科学会)/ACOG(American College of Obstetricians and Gynecologists、米国産婦人科学会)/SMFM(Society for Maternal-Fetal Medicine、米国母体胎児医学会)/ISSHP(International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy、国際妊娠高血圧学会)/NICE(National Institute for Health and Care Excellence、英国国立医療技術評価機構)。
Ch4: 妊娠中の高血圧治療 ― いつ・どこまで下げるか/「降圧すると児が育たない」は撤回された
結論。 軽症の慢性高血圧(chronic hypertension、cHTN、140-159/90-104 mmHg)の治療は、CHAP(Chronic Hypertension and Pregnancy trial、軽症慢性高血圧の治療閾値を問うた米国 RCT、Tita 2022 NEJM)を機に、海外の主要ガイドライン(ACOG・SMFM・NICE・ISSHP)が 140/90 mmHg から治療する方向へ揃いました(目標値そのものは GL ごとに幅があります)。「降圧すると児が育たない」という半世紀の懸念は CHAP で否定され、降圧群でも SGA(small for gestational age)は増えませんでした。一方、JSOG 産科診療ガイドライン 2026(CQ311-2)は軽症域の開始閾値を単一には定めず「個別対応」とし、降圧を義務づけるのは重症域(≥160/110)のみです。国際標準との分岐点は、この一点です。以下、① なぜ覆ったか(CHAP)→ ② どこまで下げるか(CHIPS〔Control of Hypertension In Pregnancy Study〕)→ ③ 唯一の留保(CHIPS の cHTN サブグループの SGA)→ ④ 薬剤選択、の順に見ます。
① CHAP ―「降圧すると児が育たない」を外した
ACOG も、2022 年に CHAP が出るまでは「160/110 になるまで降圧薬を始めない」としていました。軽症域は治療せず経過を見る――根拠は「血圧を下げると胎盤血流が減って児が育たない」という懸念です。
CHAP はこの前提を逆転させました。軽症 cHTN の妊婦 2,408 人を「<140/90 を目標に降圧」群と「重症化するまで様子見」群に割り付けると、降圧群で主要複合アウトカム(PE with severe features〔重症徴候を伴う PE〕・35 週未満の医学的適応による早産・常位胎盤早期剥離・胎児または新生児死亡)が減りました(相対リスク減少で約 2 割=aRR〔adjusted relative risk、調整相対危険度〕0.82/絶対リスク減少 6.8%、NNT〔number needed to treat、治療必要数〕約 15)。様子見の側が、複合転帰を悪くしていたわけです。
懸念された SGA は、降圧群で増えませんでした(aRR 1.04、有意差なし)。「下げると児が育たない」という論拠そのものが外れます。ACOG が 2019 年(PB 203)の「160/110 で開始」を事実上撤回したのは、この所見を受けてのことです。
しかも、これは CHAP 単独の所見ではありません。先行する Cochrane の系統的レビュー(Abalos 2018、軽中等度高血圧の降圧療法)でも、降圧は重症高血圧を半減させ(RR 0.49、20 試験・GRADE Moderate)、SGA を増やしませんでした(RR 0.96、21 試験)。
複合アウトカムの押し下げの主役は、PE with severe features と 35 週未満の医学的適応による早産の二つです(内訳は連載最終回の付録に)。全項目が満遍なく減るのではなく、最も避けたい重症化と医学的適応による早産を抑える――そういう効き方です。
要点:降圧群で複合アウトカムは約 2 割減り、しかも SGA は増えません。発育抑制を理由に降圧を控える根拠はありません。
② どこまで下げるか ― CHIPS
「始めるべきか」の次は「どこまで下げるか」です。下げすぎて胎盤血流が損なわれないか――降圧を始めると決めた以上、ここが問題になります。
これを扱ったのが CHIPS(Control of Hypertension In Pregnancy Study、降圧目標を問うた国際 RCT)です。ただし対象は非重症・非蛋白尿の慢性高血圧(全体の 74.6%)と妊娠高血圧の混在集団で、慢性高血圧に限った試験ではありません。拡張期 85 mmHg を狙う tight 群と 100 mmHg の less-tight 群を比べると、tight 群でも周産期予後は悪化せず、SGA も増えませんでした。一方、重症高血圧(≥160/110)への進展は 40.6%→27.5% と抑えられました(aOR〔adjusted odds ratio、調整オッズ比〕1.80、NNT 約 8)。tight 群のほうが重症化を防ぎ、児に不利は出ない、という結果です。
CHAP が「始める閾値」を、CHIPS が「どこまで下げるか」を問い、出発点は違うのに、ともに <140/90 を支持しました。異なる問いから同じ結論に至った点で、所見は頑健です。
ガイドラインの目標値を原典で並べると、NICE は ≤135/85(NG133)、ISSHP は 拡張期 85(sBP によらず)(2021)、ACOG は 140/90 を開始・増量の閾値とするのみで到達目標値は示さず、JSOG 2026 は単一値を定めず個別対応です。ばらつきに見えて、実体は <140/90・拡張期 80 台半ばという狭い帯への収束で、割れるのは「最適な一点」だけ――RCT が検証したのは閾値(CHAP は <140/90 で開始)と帯(CHIPS は拡張期 85)であって、135 と 140、85 と 90 を直接比べた試験はないからです。この「最適値の空白」に対し、UpToDate で Jeyabalan A らは、維持目標を 120-139/80-89 mmHg が妥当としています(CHAP が目標範囲そのものを定義していないことも同稿が明記)。実務的帰結は、目標を <140/90(CHIPS の拡張期 85 前後=120-139/80-89 と同じ帯)に置くことです。135 か 140 かという GL 間の数 mmHg の差は臨床的に重要でなく、帯を下回る降圧に追加の利益も示されていません(RCT が検証したのは拡張期 85/<140/90 まで)。JSOG が数値を定めない日本では、この狙う帯は CHAP・CHIPS・NICE・ISSHP の原典と UpToDate の整理から読み取るほかありません。
要点:CHIPS では tight 群(DBP 85 mmHg)が重症化を防ぎ、しかも周産期予後・児に不利は出ませんでした。

図1. CHAP(治療閾値の問い・active <140/90)と CHIPS(治療目標の問い・tight DBP 85)― 異なる問いが同じ「積極降圧」路線に収束
③ 唯一の留保 ― CHIPS の cHTN サブグループの SGA
唯一の留保は、CHIPS の cHTN サブグループの SGA です。ここだけ取り出すと、tight 群の SGA が less-tight の 13.9% に対し 19.7%(aOR 0.66、95%CI 上限がちょうど 1.00 の borderline)で、「強く下げた群で児が小さい」ように見えます。
ただしこの所見は、CHAP 全体(降圧群でも SGA 増加なし、aRR 1.04・有意差なし)でも CHIPS 全体(aOR 0.78・有意差なし)でも再現しません。cHTN サブグループに限って現れ、信頼区間の上限が 1.00 にかかる borderline です。実際、CHAP 以降に ACOG が 140/90 mmHg を治療開始・増量の閾値とし、SMFM が降圧目標を <140/90 mmHg としたこと自体が、これを降圧差し控えの根拠としない世界標準の判断を示します。UpToDate で Jeyabalan A らも、CHIPS の慢性高血圧 subgroup は SGA・適応早産を評価するには検出力不足とし、この SGA を降圧差し控えの根拠としていません。
要点:cHTN サブグループの SGA は borderline で、CHAP では再現せず、CHIPS 全体でも有意差なしにとどまります。降圧を控える根拠にはなりません。

図2. CHIPS cHTN サブグループの SGA ― less-tight 13.9% vs tight 19.7%(aOR 0.66、95%CI 0.44-1.00=上限が 1.00 に接する borderline。数値は CHAP NEJM 2022 Discussion 由来)
④ 薬剤選択 ― labetalol か nifedipine 徐放
第一選択は labetalol または nifedipine 徐放で、問題は「どちらを先に出すか」です。
妊娠アウトカムは、CHAP の二次解析(Sanusi 2024、主要複合 aRR 0.98)でも直接比較した RCT(Webster 2017)でも、ほぼ同等でした。忍容性はわずかに labetalol に分があり、Sanusi 2024 では母体の副作用が labetalol 28.3% 対 nifedipine 35.7%(p=0.009、頭痛・めまい・消化不良)でした。ただし差は小さく、喘息では labetalol を避けるといった禁忌・併存症がこの優劣を上書きします。最終的には、副作用プロファイルの違い(labetalol:気管支攣縮・倦怠感/nifedipine:浮腫・頭痛)・禁忌・併存症と、飲み続けやすさで個別に決めます(詳細は連載最終回の付録に)。
要点:第一選択は labetalol か nifedipine 徐放。妊娠アウトカムは同等、忍容性は labetalol がやや良好(Sanusi 2024、p=0.009)。ただし喘息では labetalol を避けるなど禁忌・併存症が優先し、副作用プロファイル・継続性とあわせて個別に選ぶ。
(→ 本章の試験デザイン・全アウトカム表・subgroup・著者明示の限界・統合一文などの根拠データは連載最終回の付録にまとめます。臨床判断は上の本文で完結します=読み飛ばし可)
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「軽症慢性高血圧をどこまで・何で下げるか」が定まりました。次章 Ch5 は、学会基準で判定が揺れる「診断と鑑別」を扱います。
Ch5: 診断と鑑別 ― 「PE と診断した」の中身が、学会で揃っていない
結論。 HDP の診断は二段構えです。まずカテゴリーに振り分け、次に血液・肝の異常で病態を切り分けます。カテゴリーによって、開く鑑別表が変わります。その入口には、二つの不確実性があります――子癇は軽症の手がかりで除外できないこと(③)と、PE(preeclampsia、妊娠高血圧腎症)の線引きが学会で揺れること(②)。このため、新規発症の妊娠高血圧は、診断基準を完全に満たさなくても PE と仮定して動くほうが安全側です。以下、① 入口の 4 分類 → ② 学会間で割れる定義 → ③ 子癇の除外不能性、の順に見ます。
① 入口の振り分け ― 「いつ・何が」の 2 軸で 4 つに割る
カテゴリーの取り違えは、その後の観察ピッチも分娩タイミングも連動してずらします。診断はまず、重症度の評価ではなく病態カテゴリーの確定から入ります。
分類軸は二つ――妊娠 20 週の前か後かと、蛋白尿・臓器障害の有無です。20 週前からの高血圧は慢性高血圧(cHTN)、20 週以降の新規発症は妊娠高血圧(gestational hypertension、gHTN)、そこに蛋白尿・臓器障害が乗れば妊娠高血圧腎症(PE)、cHTN に PE が重なれば加重型 PE(superimposed PE)――この 4 分類です。
この段はカテゴリーの確定であって、重症度(severe features の有無)の評価は次の段です。
要点:診断はまず「いつ発症したか・蛋白尿や臓器障害があるか」でカテゴリーを確定する。ここがずれると、後段の管理が連動してずれます。

図3. HDP の入口の振り分け ―「いつ・何が」の 2 軸で cHTN / gHTN / PE / superimposed PE の 4 つに割る
② 同じ所見でも、基準によって「PE」になったりならなかったりする ― 乖離は 3 点に集約
同じ血圧・同じ検査値でも、当てはめる学会基準が違えば、同じ妊婦が「PE」にも「gHTN」にもなります。
学会間の乖離は無数にあるわけではなく、主に 3 点に集約されます。
(i) 胎盤機能障害(FGR=fetal growth restriction〔胎児発育不全〕・臍帯動脈ドプラ異常など)を、PE の診断要素に含めるか。 ISSHP(International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy、国際妊娠高血圧学会)と NICE(英国国立医療技術評価機構)は含めますが、ACOG(American College of Obstetricians and Gynecologists、米国産婦人科学会)は含めません。
(ii)「重症 PE」という用語を残すか。 ACOG は severe features(重症徴候)7 項目として残しますが、ISSHP は #10 で「進行中の妊娠を mild/severe と分類しない」とし、severe pre-eclampsia という用語の臨床使用も退けました(ただし severe features という概念自体は ISSHP も温存します)。
(iii) 血小板の閾値をどこに置くか。 ISSHP は <150,000/μL、ACOG は <100,000/μL です。
「胎盤機能障害を含めるか」「重症という言葉を残すか」「血小板の線をどこに引くか」――この 3 点のどこに立つかで、同じ妊婦が PE にも gHTN にもなります。実務で世界的に最も使われるのは ACOG PB 222 の Box 3(severe features 7 項目)です。その 7 項目は、① 収縮期 ≥160 または拡張期 ≥110 mmHg(4 時間以上あけて 2 回)、② 血小板 <100,000/μL、③ 肝機能障害(肝酵素が正常上限の 2 倍超、または治療抵抗性の重度の右上腹部・心窩部痛)、④ 腎機能障害(血清クレアチニン >1.1 mg/dL または倍化)、⑤ 肺水腫、⑥ 治療抵抗性で他疾患では説明できない新規頭痛、⑦ 視覚障害――です。その原文の語法には、崩すと判定がずれる細かな注意点があります(連載最終回の付録に)。
要点:日本は JSOG 基準ですが、ISSHP・ACOG など海外基準では同じ所見でも PE/gHTN の判定が変わります。国際論文・ガイドラインを読むときは、どの基準の「PE」かを意識すると誤読を防げます。
③ 子癇は前駆症状や血圧の軽さで除外できない ― だから新規 HT は「PE と仮定して」観察ピッチを上げる
子癇(eclampsia、PE または gHTN の患者に新規発症する全般性強直間代けいれん)には、「これがなければ起きない」という除外の物差しが存在しません。
前駆症状なく突然発症しうる(abrupt-onset without warning signs。ACOG PB 222)。
英国の全国調査(383 例)では、院内で起きた初発発作の 38% が、高血圧・蛋白尿のいずれもが記録される前に発症しました(Douglas & Redman 1994)。
日本でも、子癇発症前に高血圧を認めない例が 25% あるとの報告があります(JSOG 産科診療ガイドライン 2026)。
「症状が軽いから・血圧が軽いから・蛋白尿がないから大丈夫」という除外の物差しは、いずれも子癇には通用しません。だからこそ、新規発症の妊娠高血圧は診断基準を完全に満たしていなくても PE と仮定して動くのが安全側です。「まだ蛋白尿がないから様子見」ではなく、PE 前提で観察の手数を増やす――この一手が、子癇の取りこぼしを最も減らします。
要点:新規 HT を見たら「まだ蛋白尿がないから様子見」ではなく、PE 前提で観察ピッチを上げる。これが子癇を取りこぼさないための最大の防御です。
(→ 本章の試験デザイン・全アウトカム表・subgroup・著者明示の限界・統合一文などの根拠データは連載最終回の付録にまとめます。臨床判断は上の本文で完結します=読み飛ばし可)
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カテゴリーが決まれば、次は「重症化したらどうするか」です。次章 Ch6 は、急速降圧と硫酸マグネシウム(子癇予防)、そして日本特有の薬剤事情を扱います。
Ch6: 重症化したら ― 急速降圧と硫酸マグネシウム、そして日本の薬剤事情
結論。 重症域(収縮期 ≥160 または拡張期 ≥110 mmHg が 15 分以上持続)に入ったときに急性期でやることは、突きつめると 2 つです。①急速降圧で血圧を速やかに下げることと、②MgSO4(magnesium sulfate、硫酸マグネシウム)で子癇=けいれんを予防すること。この 2 本柱で母児を守ります。①で効くのは薬の選択ではなく時間で、ACOG(American College of Obstetricians and Gynecologists、米国産婦人科学会)は静注ラベタロール(labetalol、α/β遮断薬)・静注ヒドララジン(hydralazine、血管拡張薬)・経口速放性ニフェジピン(nifedipine、Ca 拮抗薬)の 3 剤を同列の first-line(第一選択)として併記しています。②の第一選択は MgSO4 で、子癇発症を 1,000 人あたり約 11 人減らします(MAGPIE〔Magnesium Sulphate for Prevention of Eclampsia trial〕、RR 0.42)。ただし日本では、急速降圧(①)の静注薬が ACOG とは異なる組み立てになります(静注の第一選択は JSOG 2026 が推奨するニカルジピン持続注)。これを③として扱いますが、③は第三の柱ではなく、急性期の降圧を日本でどう実装するかを決める前提条件です。以下、① 急速降圧の閾値と薬剤 → ② MgSO4 のエビデンスと投与法 → ③ 日本の急速降圧、の順に見ます。
① 急速降圧 ― 薬の選択より「閾値に達したら速やかに下げる」
重症高血圧を前にすると「どの薬がいちばん効くか」に目が向きがちですが、急速降圧で予後を分けるのは薬の選択よりタイミングです。ACOG が静注ラベタロール・静注ヒドララジン・経口速放性ニフェジピンの 3 剤を first-line として併記しているのは、「どれを選んでも構わない」という意味です。
根拠は Cochrane のシステマティックレビューで、3 剤間を比べても有効性・安全性のいずれにも有意差は出ません。薬選びに費やす時間そのものが母児にとっての害になるため、手元にある使い慣れた降圧薬で構いません。閾値に達したら速やかに下げます。急変時の主要数値は後段の急性期クイックリファレンスに、薬剤別の詳しい用量・手順は連載最終回の付録にまとめます。
要点:ACOG の 3 剤は等価。降圧開始の遅れが害になるため、施設で使い慣れた降圧薬を即投与します。
② MgSO4 ― 子癇予防の第一選択
HDP 急性期において、MgSO4 は子癇発症を明確に減らします。これが大規模 RCT である MAGPIE 試験(N=10,141、対プラセボ)と Cochrane で確立した一点です。MAGPIE では MgSO4 が子癇を 1,000 人あたり約 11 人減らし(RR 0.42)、これを含む Cochrane の全 6 試験プールでは RR 0.41 です。投与は loading(初回負荷)4-6 g 静注に続いて maintenance(維持)1-2 g/時で、用量と血中マグネシウム濃度モニタリングは後段の急性期クイックリファレンスにまとめます。
代替薬との比較でも MgSO4 は優れています。Cochrane の結論は「MgSO4 が代替薬(フェニトイン・ニモジピン)より子癇を減らす」というもので、その RR など詳細は、Cochrane Duley の代替薬比較を含めて連載最終回の付録にまとめます。
要点:子癇予防の第一選択は MgSO4。代替薬(フェニトイン・ニモジピン)より子癇を減らす(RR・詳細は連載最終回の付録に)。

図4. MgSO4 loading dose の国際比較(4-6 g 静注 → 1-2 g/時 維持が基本)

図5. Cochrane Duley 2010 ― MgSO4 の子癇予防(MgSO4 vs プラセボ/対照:全6試験プール RR 0.41〔6 trials, N=11,444〕・重症PE subgroup RR 0.37/非重症 RR 0.44/代替薬比較:vs フェニトイン RR 0.08・vs ニモジピン RR 0.33)
③ 日本の急速降圧 ― 静注の第一選択はニカルジピン持続注(JSOG 2026)
ACOG の急速降圧 3 剤を、そのまま日本に持ち込めるわけではありません。静注ラベタロールは日本の急性期では用いられず(ラベタロールは経口薬として承認)、静注の組み立てが異なります。
JSOG 産科診療ガイドライン 2026 は、緊急降圧(≥160/110)の静注薬として、調節性に優れた ニカルジピン持続静注を第一選択として推奨 しています。もう一つの静注薬であるヒドララジン注(アプレゾリン注。効能・効果に「高血圧性緊急症(子癇、高血圧性脳症等)」を明示)は、JSOG 2026 によれば供給停止となる見込み(2026 年 7 月末) で、急性期の静注は実質ニカルジピン持続注へ収束していきます。経口降圧薬としては、メチルドパ・ラベタロール・ヒドララジン・ニフェジピンが用いられます。
ACOG の 3 剤(静注ラベタロール/静注ヒドララジン/経口速放性ニフェジピン)と日本の実務がこのように異なる点は、現場であらかじめ把握しておく必要があります(PMDA=医薬品医療機器総合機構と FDA=米国食品医薬品局の添付文書の詳しい比較は後続回で扱います)。
要点:日本の急速降圧の静注第一選択は、JSOG 2026 が推奨するニカルジピン持続注です。もう一方のヒドララジン注は供給停止の見込み(2026 年 7 月末)で、選択肢はニカルジピンに収束していきます。
急性期クイックリファレンス(主要数値)
急変時にまず手元に置きたい数値を、本文側に集約しておきます(薬剤別の用量・添付文書条文・慢性期エビデンスは連載最終回の付録を参照)。
開始閾値:収縮期 ≥160 または拡張期 ≥110 mmHg が 15 分以上持続 → 30-60 分以内に降圧開始。
BP 目標:急性期はまず重症域(≥160/110)を脱することが当面の目標で、産科ガイドラインは急性期の到達目標値を定めない(短時間の過度な降圧は子宮胎盤血流を悪化させ胎児機能不全をきたしうるため、胎児心拍数モニタリングで監視)。安定後の維持目標 <140/90(拡張期 85 前後)は Ch4 を参照。
MgSO4 用量:loading 4-6 g IV(20-30 分)→ maintenance 1-2 g/h IV、分娩後 24 時間まで継続(ACOG=経腟・帝切とも。帝切は術中も継続)。子癇・PE の発作予防として 24-48 時間 postpartum まで延長する立場もある(UpToDate, Norwitz ER)。
毒性 cutoff:腱反射消失 serum Mg 9 mg/dL、呼吸抑制 12 mg/dL。
Antidote(解毒薬):calcium gluconate(グルコン酸カルシウム)1 g IV(10% solution 10 mL)。
日本の急速降圧(JSOG 2026):静注の第一選択は調節性に優れた IV nicardipine 持続注。IV hydralazine(アプレゾリン注)は 供給停止見込み(2026 年 7 月末)。
(→ 本章の試験デザイン・全アウトカム表・subgroup・著者明示の限界・統合一文などの根拠データは連載最終回の付録にまとめます。臨床判断は上の本文で完結します=読み飛ばし可)
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急性期を越えたら、次は「いつ分娩させるか」です。次回(第3回)は、待機と分娩のどちらが母児に有利かを、週数別のエビデンスで扱います。
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本連載『妊娠高血圧症候群 診療アップデート』は全4回です。第3回は「分娩・産褥・生涯リスク ― 早期娩出の利益はどこまで及ぶか」を予定しています。無料の読者登録は こちら(メールアドレスのみ) ― 登録しておくと、第3回以降が公開時にメールで届きます(無料・配信はいつでも解除できます)。国際ガイドラインと最新エビデンスを、日々の臨床判断の閾値に直結させる解説を配信しています。
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付録:本稿で頻出する略語
一般・統計
HDP — Hypertensive Disorders of Pregnancy(妊娠高血圧症候群)
PE — Preeclampsia(妊娠高血圧腎症)
gHTN — Gestational Hypertension(妊娠高血圧)
cHTN / CHTN — Chronic Hypertension(慢性高血圧)
HELLP — Hemolysis, Elevated Liver enzymes, Low Platelets(溶血・肝酵素上昇・血小板減少症候群)
SGA — Small for Gestational Age(妊娠週数に対して小さい児)
FGR — Fetal Growth Restriction(胎児発育不全)
NNT — Number Needed to Treat(治療必要数)
RR / OR — Relative Risk(相対危険度)/ Odds Ratio(オッズ比)
aRR / aOR — adjusted RR / OR(調整相対危険度・調整オッズ比)
CI — Confidence Interval(信頼区間)
治療・臨床
MgSO4 — Magnesium Sulfate(硫酸マグネシウム)
BP — Blood Pressure(血圧)
IV / IM — intravenous(静注)/ intramuscular(筋注)
学会・規制機関
ACOG — American College of Obstetricians and Gynecologists(米国産婦人科学会)
SMFM — Society for Maternal-Fetal Medicine(米国母体胎児医学会)
ISSHP — International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy(国際妊娠高血圧学会)
NICE — National Institute for Health and Care Excellence(英国国立医療技術評価機構)
JSOG — Japan Society of Obstetrics and Gynecology(日本産科婦人科学会)
PMDA — Pharmaceuticals and Medical Devices Agency(医薬品医療機器総合機構)
FDA — Food and Drug Administration(米国食品医薬品局)
試験
CHAP — Chronic Hypertension and Pregnancy trial(Tita 2022 NEJM)
CHIPS — Control of Hypertension In Pregnancy Study(Magee 2015 NEJM)
MAGPIE — Magnesium Sulphate for Prevention of Eclampsia trial(Altman 2002 Lancet)
参考文献
CHAP — Tita AT, et al. Treatment for Mild Chronic Hypertension during Pregnancy. N Engl J Med 2022;386:1781. PMID 35363951 / DOI 10.1056/NEJMoa2201295
CHIPS — Magee LA, et al. Less-Tight versus Tight Control of Hypertension in Pregnancy. N Engl J Med 2015;372:407. PMID 25629739 / DOI 10.1056/NEJMoa1404595
Cochrane(軽中等度 HTN の降圧療法 SR・Abalos 2018) — Abalos E, Duley L, Steyn DW, Gialdini C. Antihypertensive drug therapy for mild to moderate hypertension during pregnancy. Cochrane Database Syst Rev 2018;(10):CD002252. PMID 30277556 / DOI 10.1002/14651858.CD002252.pub4
Sanusi 2024(CHAP 二次解析・薬剤選択) — Sanusi AA, Leach J, Boggess K, Dugoff L. Pregnancy Outcomes of Nifedipine Compared With Labetalol for Oral Treatment of Mild Chronic Hypertension. Obstet Gynecol 2024;144(1):126-134. PMID 38949541 / DOI 10.1097/AOG.0000000000005613
Webster 2017(labetalol vs nifedipine 直接比較 RCT) — Webster LM, et al. Labetalol Versus Nifedipine as Antihypertensive Treatment for Chronic Hypertension in Pregnancy: A Randomized Controlled Trial. Hypertension 2017;70(5):915-922. PMID 28893900 / DOI 10.1161/HYPERTENSIONAHA.117.09972
ISSHP 2021 — Magee LA, et al. The 2021 International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy classification, diagnosis, and management recommendations. Pregnancy Hypertens 2022;27:148-169. PMID 35066406 / DOI 10.1016/j.preghy.2021.09.008
ACOG PB222 — Gestational Hypertension and Preeclampsia: ACOG Practice Bulletin No. 222. Obstet Gynecol 2020;135(6):e237-e260. PMID 32443079 / DOI 10.1097/AOG.0000000000003891
Douglas & Redman 1994(子癇の全国疫学・前駆所見) — Douglas KA, Redman CW. Eclampsia in the United Kingdom. BMJ 1994;309(6966):1395-1400. PMID 7819845 / DOI 10.1136/bmj.309.6966.1395
MAGPIE — Altman D, et al. Do women with pre-eclampsia, and their babies, benefit from magnesium sulphate? (The Magpie Trial). Lancet 2002;359:1877. PMID 12057549 / DOI 10.1016/S0140-6736(02)08778-0
Cochrane(MgSO4 と抗痙攣薬) — Duley L, et al. Magnesium sulphate and other anticonvulsants for women with pre-eclampsia. Cochrane Database Syst Rev 2010. PMID 21069663 / DOI 10.1002/14651858.CD000025.pub2
Cochrane(重症高血圧の急速降圧) — Duley L, Meher S, Jones L. Drugs for treatment of very high blood pressure during pregnancy. Cochrane Database Syst Rev 2013;(7):CD001449. PMID 23900968 / DOI 10.1002/14651858.CD001449.pub3
NICE NG133 — Hypertension in pregnancy: diagnosis and management. NICE guideline NG133, 2019. https://www.nice.org.uk/guidance/ng133
JSOG 産婦人科診療ガイドライン 産科編 2026 — 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会 編、2026. CQ311-2(妊娠高血圧症候群の管理)・CQ311-3(子癇の予防・治療)ほか。
UpToDate(慢性高血圧) — Jeyabalan A, Larkin JC. Chronic hypertension in pregnancy: Prenatal and postpartum care. UpToDate; topic last updated Apr 20, 2026(literature review through Apr 2026). ※維持目標 120-139/80-89 mmHg は本トピックの記載で、RCT で規定された範囲ではない(一次が存在しない記述に限り UpToDate を出典として記載)。
UpToDate(子癇) — Norwitz ER. Eclampsia. UpToDate; topic last updated Aug 04, 2025(literature review through Apr 2026). ※硫酸マグネシウムは分娩前に開始した場合 24-48 時間 postpartum 継続(「最適投与期間は未確定」との記載。経腟分娩に限った値ではない)。
PMDA アプレゾリン注射用20mg(ヒドララジン)添付文書 — 効能・効果に「高血圧性緊急症(子癇、高血圧性脳症等)」を明示
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